重奏狂騒のデイドリーミング01

■ 重奏狂騒のデイドリーミング ■


脳髄が強烈な目眩と揺れを感じ、思わず目を閉じる。
天地が逆転し、視界にある全てがゆがむ。
これは世界線が変わる感覚―――この俺の魔眼・リーディングシュタイナーは発動した。


ここは、どこだ?


さっきまで、俺はラボにいて……そうだ、ルカ子の母親にDメールを送ったのだ。
ルカ子が送ったDメールを打ち消す内容にしたはずだった。
いや、それはもう一つ前の世界線だったか?
ラボメン全員で、海水浴へと繰り出した世界線、あれは夢だったのか。

度重なる世界線移動の影響か、頭がうまく働いてくれず、どうにももどかしい。
とにかく、今の状況を確認しなくては―――。
なぜ、俺は、こんなところにいるのだ?



うだるような暑さ。見渡すばかり人、人、人。
むせかえるような人いきれ。騒々しい喧噪。常人ならば五分で逃げ出す劣悪な環境。
大量のオタクの海のただ中に、俺は呆然と立ち尽くしていた。

不快指数100%を超える空間。すし詰めにされたサブカルチャーの渦。
俺の両手には紙袋。中身は大量の薄い本。
明らかに非日常的な光景だが、俺はこの場所を知っている。そう、知っている。


強烈な脳のシェイクから、ようやく回復した俺は、自分がどこにいるのか理解した。
ならば話は早い。手に持つ紙袋の中身をチェック……これは俺の趣味ではない。
このセレクションは、おそらくまゆりか?なんだか、腐女子が好みそうなのが大量に混じっているのが気になる。
まあ他人の趣味には口出しするのは良くないな、うむ。

そこで、はっと気付いて携帯で日時をチェックする。今日は8月14日の午後。
ということは、コミマ2日目か。たぶん俺は、まゆりに付き添ってコミマに来ているということだ。



いや待て、どこかおかしい――


理性が違和感を訴える。
俺のIQ170を誇る灰色の脳細胞が、けたたましくアラームを鳴らしている。

あのとき、ルカ子の母親にDメールを送ったのは、確かコミマ最終日だったはずなのだ。
が、その後に別の世界線へ行ったような記憶が、わずかに残ってる。
脳にフィルターがかかっていて、記憶再生が阻害されている感覚。
記憶が錯綜していて状況が把握できないが、なんとなく、これでは日時の辻褄が合わないという確信がある。
何か大事な事を、忘れているんじゃないだろうか。どこか記憶がすっぽり抜け落ちているような――

あるいは、世界線移動の繰り返しすぎで、俺の脳がショートし始めているのか?
日時が遡行している、ということは、どこかでタイムリープをしたはずなのだが。

思い出せ、俺は狂気のマッドサイエンティスト、鳳凰院凶真。
そうだ、これは機関の陰謀に違いない――
おもむろに携帯を耳に当て、いつもの儀式を開始する。

「俺だ。ああ……まんまと機関にしてやられたようだ。どんな手を使ったか知らないが、記憶を操作されているようだ。
……フッ、心配するな。この程度の妨害工作で、この俺を止められるなどと思わないでくれ。ああ、大丈夫だ、問題ない。
また連絡する。エル・プサイ・コングルゥ」

携帯を仕舞う仕草をすると、間髪入れずに携帯に着信が入った。
相手は――まゆり。

脳天気な、そして大切な幼なじみの顔が脳裏に浮かぶ。
大丈夫だ、この世界線なら、まゆりはコミマ2日目には死なない。なぜかそんな確信がある。
まゆりが生きている、という事実にホっとすると同時に、この世界線でのタイムリミットがわからない事には焦燥感を覚える。

以前の世界線では、リミットはコミマ最終日……だったような気がする。

世界線の変動とともに、まゆりの死は1日ずつズレていった。
ならば、この世界線でのまゆりの死は、いつなのだろうか?
俺は周囲の状況把握に努めながら、携帯の通話ボタンを押した。

「トゥットゥルー♪まゆしぃでーす。オカリン、いまどこー?」

聞き慣れた脳天気な声が愛おしい。
心配するな、まゆり。おまえは必ず俺が救ってやるから――。

「今は西館の出口付近で待機中だ。あまりの蒸し暑さに正直辟易していたところだ」

「そっかー。まゆしぃ達もそろそろ撤収予定なのです。それじゃあ、そろそろ合流しよ?」

「ふむ。では、30分後に会場出口だ。くれぐれも遅れるな」

「了解~♪ダルくんにも連絡しておくね~」



夕刻近いとはいえ、会場周辺の気温はゆうに三十度を超えている。
その上、コミマ会場はオタクの熱気と湯気で不快指数120%状態である。
ようやく地獄の釜から脱出した俺は、ぬるくなったドクペのペットボトルをあおって一息ついた。
駅に向かって流れる人ごみを尻目に、この世界線の事を考える。

以前の世界線で、俺はルカ子を男に戻そうとしていたはずだ。ならば、この世界線のルカ子は男なのだろうか?
ルカ子の性別は、早急に確認しておかなければならないだろう。おそらくまゆりに聞けば、すぐに判明するはずだ。
とりあえず全てはラボに戻ってからだ。慎重に、しかし大胆に行動せよ。俺は狂気のマッドサイエンティスト、鳳凰院凶真。
この世界線でも紅莉栖がタイムリープマシンを完成させてくれていれば、機関との抗争に際して時間的な猶予は保たれるはずだ。



「あ、いたいたオカリーン♪」

どこか気の抜けた、それでいて聞き慣れた声。
約束の時間を三分ほど過ぎて、人混みの中から、まゆりが手を振って駆け寄ってきて――

俺は、その横にいるを人物を視界に納めた瞬間、

「……ぶっ!」

口にしていたドクペを盛大に吹き出した。

ありえないものが、そこにいた。
それとも、これは俺の脳カが見せる白昼夢?
だが思えば、これは必然。全てはシュタインズゲートの選択。
だから、俺はその人物が言うであろう第一声を、半ば確信に近いレベルで予測できていた。

「……お待たせ、凶真!頼んでおいたものは、ちゃんとゲットしてくれた?」


見慣れた服装のまゆりの横に、


我が助手、クリスティーナこと牧瀬紅莉栖が、


ブラチューの星来オルジェル(覚醒後)のきわどいコスに身を包んで、


満面の笑みをうかべて、立っていた――




――ああ、俺だ。どうやら知らぬ間に機関の悪辣な罠にハマっていたらしい。
問題は記憶の混乱だけではなかった。今、目の前にあるのは、かつてない凶悪な世界線。
ルカ子を男に戻そうとしたはずのDメールは、何を間違ったのかコスプレ助手という恐るべき存在を生み出してしまった。
果たして俺はこの先生きのこれるか――神のみぞ知るというところだ。
そうだな、事ここに至っては、腹をくくるしかないようだ。
SERNの陰謀も、ラウンダーの襲撃も、この眼前の悪夢に比べれば、大したことはない。
俺は狂気のマッドサイエンティスト、鳳凰院凶真。世界に混沌をもたらす男。
このような世界は断じて認めぬ、世界をあるべき姿に還すまで斃れるわけにはいかない。
全ては、シュタインズゲートの選択である。
エル・プサイ・コングルゥ。





クーラーの無い我がラボは、日が沈んでも相変わらず蒸し暑く、汗ばむほどである。
たった一台の扇風機で室内の空気をかき回したところで、効果はたかがしれているが、それでも無いよりはマシではあるが。

「それにしても牧瀬氏のコスプレ、毎回レベル高杉だお。コスプレ界最強の天才HENTAI少女の異名は伊達じゃないお!」

ダルがPCのモニタでデジカメデータを再生しながら、紅莉栖の画像を絶賛している。

「ネットの評判でも、やっぱり一番人気は牧瀬氏だし。同じラボメンとして、僕は鼻高々だお」

「そんなに褒めても何も出ないわよー、橋田」

当の紅莉栖は、モニタに映し出されたコスプレ写真をのぞき込み、台詞とは裏腹に満足そうなドヤ顔だ。
@ちゃんに染まるくらいだから、元来オタクっぽい気質の持ち主だったのだろうが……。
なんという嘆かわしい姿であろうか。天才少女の矜恃はどこへやら、だ。

「今回のコスは、まゆしぃ自信作だったのです。やっぱりクリスちゃんに着て貰えると思うと、自然と気合いが入るんだー」
自作のコスが高評価なので、まゆりもご機嫌である。

「せっかくの星来コスだし、今度はるか氏も呼んで2人でやれば更に人気になるんじゃね?安西先生、僕ローアングラー化したいです……」

「そうね、私も出来ればペアでやりたいのよねー。まゆり、何とか漆原さんを説得できないの?」

ダルのローアングラー化発言は余裕のスルーか……筋金入りのレイヤー魂だな、助手よ。

「るかちゃんは照れ屋さんだからね~。あと少しで承諾してもらえそうなんだけど、今回は難しそうなのです」
まゆりは残念そうに、ルカ子のために作ったと思われるコスを眺めて、ため息をついている。
この世界線でも相変わらず、まゆりはルカ子をコスプレさせることに成功していないらしいな……いや、そんなことはどうでもいいのだが。

それにしても我がラボは、オタクが一匹増えると、これほどまでに濃い空間に成り果てるのか。
俺はうんざりして、コスプレ談義に花を咲かせるラボメン達から視線を外し、奥の部屋にある電話レンジ(仮)を見やった。


コミマ2日目、俺たちはダルと合流して、午後7時頃ラボに戻ってきた。
その後もダルとまゆりと紅莉栖は、戦利品の整理に余念がなかった。俺が両手に持っていた、紙袋に入った大量の薄い本――
あのオーダーを出したのが、紅莉栖本人であると知って、俺はリーディングシュタイナー発動時以上に強烈な目眩を覚えたものだ。
つまり今日の俺は、助手の欲しい薄い本の買い出し係として駆り出されたのだった。
歪んでいる。この世界線は、どこかが歪んでいる。
俺がラウンダーの一員となっていた、あの悪夢のような世界線ですらも、今の助手の堕落した姿よりは受け入れやすい気がする。


悪いことは重なるというが、先ほどから、抗いがたい運命のようなものを感じて気分が重い。
そう、俺が辿り着いたこの世界線のラボには、タイムリープマシンは存在しなかったのだ。
ラボメンに聞いても、「タイムリープ」という単語に反応が無かった。
これは予想外の展開で、かなり凹んだ。正直なところ、世界線を戻すという目的において、相当の痛手であると思われた。
現在、電話レンジ(仮)が奥の部屋の床に鎮座している。
つまり、この世界線においてはタイムリープは不可能だが、最終手段としてDメールは送ることができる、ということだ。
見たところ、元の世界線と寸分違わぬ代物だったので、実際の使用に問題はなさそうだった。
それを確認して少しだけ安堵する。Dメールさえ送信できるならば、何か打てる手があるはずだ……。
なんとかそう自分に言い聞かせ、動揺を抑えるのが今の俺の精一杯の強がりなのだが。


コミマ戦利品の整理を終えたラボメンは、その後4人いっしょにカップラーメンで夕食を済ませた。
紅莉栖は器用に箸を使って、旨そうにハコダテ一番みそカップを食っていた。
フォークはどうした?と聞いたら怪訝な顔をされた。つまりこの助手は、マイフォークなど欲しがっていないであろう。
その後、コミマ最終日の準備があるらしく、ダルとまゆりは早めに帰宅。

そして今、ラボには俺と、紅莉栖の2人が残るのみだ。

紅莉栖は、帰るそぶりもみせず、さっさとシャワー室でシャワーを浴びると、その後は分厚い洋書を読む作業に没頭している。
ソファに腰掛けているその姿は、α世界線でよく見知った助手の姿そのものだ。

だが、この世界線の助手は、コミマでのコスプレを趣味とし、薄い本を大量に買い込む正真正銘のHENTAI少女であって。
物腰も容姿も、俺のよく知る牧瀬紅莉栖という少女と同じではあるが、中身はきっと俺の知る助手ではない。
それでも、本質的には牧瀬紅莉栖という人間に変わりないということに一縷の望みをかけて。
俺は恐る恐る、紅莉栖に声をかけた。

「なあ、助手よ……少し質問してもいいか」

とにかく、危急の課題は、この世界線の状況を把握する事に尽きる。
今の俺の状況を相談するとしたら、それはやはり助手以外の人選はありえない。

「んー、何?」
洋書から視線を外さずに、声だけで応える助手。

「……おまえは、桐生萌郁を知っているか?」

とりあえず今は、SERNおよびラウンダーの動向が知りたかった。
まずは桐生萌郁の存在を確認しなければ。

「ああ、萌郁さん?そういえば最近萌郁さんラボに来ないわねー」
生返事で紅莉栖が答える。

紅莉栖が萌郁を知っている……。ということは、萌郁はこの世界線でもラボメンになっている?
ならば今後、ラウンダーの襲撃が起きる可能性があるということか。これは良くない情報だ。
激しい焦燥感に苛まれつつも、今は情報収集を進めるしかない。

「そうか、萌郁もラボメンなのだな」

「……?それがどうかしたの?」

「いや、何でもない。ちょっと確認したかっただけだ」

「ふーん……そうだ、萌郁さんも今度コスプレに誘ってみようかな。あのナイスバディは有効活用しないと勿体ないもん」

「やめておけ、あいつはそういう性格じゃないと思うぞ……」

ふむ、どうやら萌郁がラボメンであるというのは間違い無い。他のラボメンはどうなのだろう。
先ほどのラボメンの会話から、ルカ子は女性として存在していることは推測できた。
つまりDメール取り消しによる過去改変は成就されていない。
手詰まりになったら、再びルカ子の母親のポケベルにDメールを送らなければならないだろう。
それで世界が変わるかは正直なところ運任せではある。

あと一つ、気になる事があった。阿万音鈴羽は、いま、この世界に存在するのだろうか。
先ほど前を通ったとき、ブラウン管工房は既に閉まっていたので、バイト戦士・鈴羽の存在は確認できていない。
そうだ、鈴羽が存在するのなら、あいつにだって相談できるかもしれないのだから。

「なあ、紅莉栖……」

「あー、私も萌郁さんくらい胸が大きかったらなあ!」

「――っ!!」

くそっ、またドクペを吹いてしまった。
この世界の助手は、いちいち不意打ちしてくるから困るというか、恥じらいが少し足りないような気がする。

「やっぱりレイヤーとしては、巨乳のほうが映えると思うのよね」

「……そ、そんなものか?スレンダーな体型だって、決して悪くはないと思うが」

「まゆりも胸おっきいしね-。なんだかコンプレックスを感じてしまうわけよ。やっぱり凶真も胸大きい方が好き?」

「……ノ、ノーコメントだ。返答しかねる」
下手するとセクハラ、下手しなくても機嫌を損ねそうで迂闊なことは口走れない。
ちょっとしょんぼりした表情で、自分の胸を眺める紅莉栖。
というか、俺に一体どんな返答を求めてるんだ、こいつは。
そもそも、そんなことを恥ずかしげもなく聞いてくるような関係なのか、俺たちは?

「そ、そんな事よりもだな。下のブラウン管工房についてだが……」

「露骨に話を逸らしたわね。でもいいわ、貧乳は正義なんだから!きっと凶真も貧乳の良さがわかる日が来るわよ?」

「フ、フーハハハハハ!!そ、そんな日が来るとは思えんのだがな!」

「ふんっ!見てなさいよ、近いうちに凶真を貧乳の魅力でメロメロQにしてやるからっ」

妙に偉そうに胸を張る助手。だからなんでドヤ顔。
そもそも、先ほどから助手に「凶真」と呼ばれるのが、こそばゆくて仕方ない。
フェイリス以外に「凶真」と呼ばれることが、これほど気恥ずかしい事だとは思いもしなかったぞ……。

「あー、ゴホン」
咳払いをし、なんとか体勢を立て直して話を続けようとした時、紅莉栖の携帯から着信音が流れた。

(着メロがファンタズム……)
こいつ、本当にオタク文化に染まってるな。染まりきっている。
凛々しい天才HENTAI少女クリスティーナは死んだ。何故だ。

携帯を取り出すと、紅莉栖は嬉しそうに目を輝かせた。
「あ、パパだ!」

(……パパ、だと?)
そういえば、紅莉栖は父親と仲が悪いのではなかったか?
それで父親に会いに行くというから、青森まで一緒に行く約束をして――

ああ、そうか。あれは別の世界線の話。
つまり、この世界線の紅莉栖は、父親と良好な関係を築いている、という事なのだろう。
Dメールによるバタフライエフェクトにより、紅莉栖と父親の関係は改変され、改善された。
いや、改善されたというのではなく、きっと「破綻しなかった」が正しいのだろう。
それは、この世界の紅莉栖にとっては当たり前の日常。幸せの享受。それはとてもかけがえのないもので――


(――わたし、父親に嫌われてるのよね)

不意に、数日前のラボでの会話の記憶が蘇る。
あの日、泣きそうな顔で俺に相談を持ちかけた牧瀬紅莉栖は、この世界にはいない。
俺は急に、自分が迷子の子猫になったような空々しい寂寥感に襲われた。
この世界は、俺の望んだ世界ではない……
だが――それは、悪いことなのか?
紅莉栖にとっては、この世界は、きっと素晴らしい理想郷なのだ。
俺は、この世界に込められた紅莉栖の思いを踏みにじってまで、自らのエゴを貫くことができるのか……?


紅莉栖と父親の会話は、ずいぶんと弾んでいるようだった。
その様子からも、おそらく非常に仲の良い父娘であろうことは想像できる。
父親の事が好きで、でも疎まれて、人知れず泣いていた紅莉栖。
その悲哀は、この世界線の紅莉栖には存在しないのだ。

そうか……今、わかった。タイムリープマシンがラボに存在しない理由。
紅莉栖と父親の関係が良好ならば、紅莉栖が幼少時からアメリカへ留学する理由は無かったのだ。
つまり、ここにいる紅莉栖は、アメリカで飛び級してサイエンス誌に論文が載った天才少女の有名人ではない、ということ。
だから、アメリカの大学院で得た知識を使って作成されるはずのタイムリープマシンは、このラボには存在しない――

これもまた、世界線改変の影響。
Dメールによる過去改変を打ち消そうとすることが、さらなる過去改変を呼び、もつれたアトラクタフィールドは、もはやどこが出発点なのかもわからない。
俺は、自分のしでかした事の重大さに、今更ながら途方もない絶望感を感じ始めていた……。



「今から、パパがラボに来るって!」
通話を終えた紅莉栖が、嬉しそうにはしゃいで言った。

「なにっ、ここにか!?」

話の飛躍についていけず目を白黒させるばかりの俺。
紅莉栖の父親がどんな人物か知らないが、見も知らずの男のところに転がり込んでいる娘に説教でもしに来るとか!?
だとしたら、これは修羅場になるんじゃないか!?
ここはひとまず逃げだすべきか、と思わず椅子から腰を浮かせかける。

「うん、今日はUPXで講演があって、その打ち上げも終わったから、ついでにここに寄るって」

「そ、そうか……父親は今アキバに来ているのか」

UPXで講演とは……紅莉栖の父親は、なんだか随分なお偉いさんのようだ。有名人なのかもしれない。
そういえばこいつ、元の世界線でもセレブっぽい生活してたしなあ。やっぱり父親は相当な金持ちなんじゃないか?
知らずセレセブと命名した俺の慧眼に、思わず拍手を送りたくなった。

「でね、凶真に伝言。例の論文は進んでるかー?だって。夏休み中には仕上げないと、単位やらんぞーっだってwww」

「な、なに……?ろ、論文?」

「パパも凶真には厳しいよね。まあ期待の裏返しだと思うけどねーw出来れば私も手伝ってあげたいけど、バレると怒られるからなあ」

論文?単位??
状況が把握できない俺は、先ほどから混乱するばかりで、いっこうに思考がまとまらない。
一見、紅莉栖以外があまり変化の無いように見えた世界線だが、これって実は途方もなく別世界なんじゃないのか……?
俺、すんごい地雷原に踏み込んでねーか??

「も、もしかして俺は、おまえの父親と……面識がある……のか?」
恐る恐る、紅莉栖に尋ねる俺。
紅莉栖は目をぱちくりして俺を見返した。

「……お兄ちゃん、今日なんか変だよ?体調でも悪いの?」

「へっ…お……おに……?」




――何だ、この展開。
今、助手の口から理解不能の言語が飛び出したぞ。

お に い ち ゃ ん 。

なぜ俺が助手から、そんな呼称で呼ばれなきゃならん。
いやいや、もしかしたら聞き違いという可能性もある。

そんな俺の内心の動揺を知ってか知らずか、紅莉栖が眉をひそめて聞いてくる。

「コミマの帰りから、なんだか調子悪そうだったし……さっきから言動怪しいし……お兄ちゃん、本当に大丈夫?」

「い、いや……体調は別に問題ない。問題ないんだが、それとは別に問題は他にあってだな……」

「……?」

「……いや、その」

しばし無言で見つめ合う俺と助手。
俺は狂気のマッドサイエンティスト、鳳凰院凶真。
そしてこの女は、我が助手クリスティーナ。のはず。
……だよな?そうだよな?違うっていうのか?

それとも、これは何か悪い夢で、起きたらラボのソファで居眠りしてましたー!ってオチなのか。
いや、むしろ夢であってくれたら、と祈らずにはいられない。
正直に言う、この世界線の変化には、ちょっとついて行けそうに無い予感がする。
天才HENTAIコスプレ少女に、おにいちゃんと呼ばれました。それなんてエロゲ?
ダルが喜んでやりそうなタイトルだな。いや、そんなことはどうでもいいから!

視界が歪んで、イヤな汗が床にぼたぼたと落ちる。

この世界線の俺は、いったい何者だ?
この世界線の助手は、いったい何者だ?
見慣れたラボが、突如として知らない空間に変化したような気がして――
居心地の悪さがひどく、寒気すら感じられて。


紅莉栖は怪訝な表情でソファから立ち上がると、つかつかと俺の目の前まで歩いてきて、

がしっ!と俺の頭を両手でロックし――

「うわっ!?」


ぴとっ!


「うーん。熱は、無い、みたいね……」


背伸びした紅莉栖に、おでことおでこをくっつけられて。


俺は中途半端な中腰のまま、


目前にある、紅莉栖の整った顔を呆然と眺めながら、


意識は真っ白になって、その場に硬直し続ける羽目に陥った――







――ああ、俺だ。どうやら機関の陰謀は予想以上に熾烈を極めているようだ。
『天才HENTAI少女だった俺の助手が、コスプレ腐女子に進化したと思ったら、しまいにゃお兄ちゃん呼ばわりされたでござる』
ああ、とんでもない事態だ。これほど強烈な電波は、さすがの俺も過去に食らった経験がない。
だが俺は狂気のマッドサイエンティスト、鳳凰院凶真。世界に混沌を望む者。
この程度の電波に屈しはしない。このイカレた世界線をこの手で葬り去り、平穏な世界を取り戻すまで、孤独な闘いに終わりはない。
それこそが、シュタインズゲートの選択である。エル・プサイ・コングルゥ。


01 → 02

  • 最終更新:2011-06-25 00:56:31

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