replay02

-----------------0.571393 



date:2010 8/3 17:09
from:ジョン・タイター
sub :ひとつ忠告
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これだけは注意してくだ
さい。例えば、悪意を持
った誰かが貴方を殺すよ
うに過去へメールした場
合、メール送信時点、未
来の貴方は消滅するかも
しれません。そういう可
能性もあることを強く認
識していてください。過
去をどう変えるかは完全
に管理されていなければ
なりません。
掲示板でも言いましたが
、私は未来を変える為に
この時代に来ました。そ
の方法も知っていますが
そこに到達できるかはわ
かりません。それでも最
善は尽くすつもりです。

俺は出来る事もなく、タイターから送られてきたメールを読み直していた。日付はとっくに変わって眩しいくらいの日差し。
あの後ダルにDメールを送信させたが過去は変えられなかった。送れたのは19時前の1回のみ、それから早朝まで試したが全部失敗。
やはり12~19時がDメール使用可能時間帯と見ていいだろう。
メール内でタイターが示した世界線変動率は『0.571393』、俺の語呂合せが正しければ“来ない鬼氏”で0.571024だったはず。
記憶違いとしても“来ないCO2”で0.571402。ロト6で送ったDメールの影響か、確実に値がずれている。
タイターの望む1%オーバーに近付いたのか離れたのか、なんとも言い難い。
ダイバージェンスの変化は即ち、この世界が変わった事を示す。俺の唯一の拠り所でもある。
しかしながら“救世主発言”の胡散臭さの所為で、この値も適当に話を合わせているだけではないのかと今は思ってしまっている。
頼れるものがないという事は、装備の無い状態で無間の荒野に打ち捨てられるのと同意義だ。
そんな苦境においてそのまま野垂れ死ぬのを待つだけなのは三流、一般人になどという器に俺は収まらない。
俺はこんな所で屈したりはしない。時間になったらダルのDメールを送るところから再開だ。
タイターを信じられないのなら、自分が実験を重ね事実を明らかにするしかない。
「ダルくんとクリスちゃん、まだ来ないのかなー」
まゆりがラーメン缶を温めているのを眺めていると、階下から自転車のけたたましいブレーキ音が聞こえた。
「ああ。ラボメンとしての自覚が足りんな」
そう答えつつ、窓から下を見るとバイト戦士が出勤してきたところだった。
MTBであんなブレーキ音をさせるとは、相当乱暴な乗り方をしているに違いない。
先程のミスターブラウンのバイクは静かなものだった。小動物が一緒に居た所為かもしれないが。
「ちーっす」
俺の視線に気づいてか、手を振ってくる。
「トゥットゥルー♪ スズさん」
「おおー、椎名まゆり、トゥットゥルー♪」
ラーメン缶の湯銭をセットし終えたのか、まゆりが横から顔を出してバイト戦士へ手を振り返す。
二人はすっかり意気投合している。老若男女問わず誰とでも仲良くなれるまゆりのスキルはここでも発揮されていたか。
「岡部倫太郎、タイターはなんてー?」
「この世界に名たるマッドサイエンティストをメシアに仕立て上げたいそうだ。キャストミスにもほどがある」
奴があんなことを言い出さなければ、素直に信じていたのかもしれない。
「あー、そういうことじゃなくってさー、他にはー?」
……鈴羽はまた墓穴を掘っている事に気がついているのだろうか? まあいい。まゆりもいるし今回はあえてスルーしよう。
「それ以外にバイト戦士の目を引きそうな話はないな」
「ちょっとそれどんな偏見――――あ」
「あ、クリスちゃんだー」
まゆりが窓から身を乗り出し、こちらへ歩いてくる紅莉栖に手を大きく振る。
バイト戦士の雰囲気が目に見えて変わる。まゆりとやり取りをしていた時の柔和なものから、鋼のような硬質へ。
ちょっとしたきっかけで取っ組み合いになってもおかしくない状況、それほどに鈴羽の紅莉栖を睨む眼光は鋭い。
紅莉栖もそれに屈して顔を逸らすなんて事はしない、故意に何事もないかのように受け流す。
気が強い強いと思っていたがこれほどとは。紅莉栖はビルの前で少し立ち止まり、鈴羽と一言二言やり取りしたように見えた。
「クリスちゃん、トゥットゥルー♪」
「グッモーニン」
ラボに入ってきた紅莉栖とまゆりが挨拶を交わす。
「下のバイトと、何を話してたんだ?」
つい興味本位で聞いてしまっていた。俺の問いかけに紅莉栖は軽く肩をすくめる。
「別に。言いたいことがあるならはっきり言えって」
「それでよく喧嘩にならなかったな。で、向こうはなんと?」
「悔しそうに唸ってるだけだった。泣くのを我慢してるようにも見えたけど、なんなのかしら」
「牧瀬氏の人気に嫉妬してるに決まってるじゃん常考」
と、ダルがアホな回答と共に現れたところで、実験を始められる体勢は整った。
Dメール送信可能時間までのくだらないやり取りは、俺の記憶から割愛しても差し支えないだろう。
結果としてダル渾身の2通目も失敗に終わり、過去は改変できなかった。
「安西先生、フェ、フェイリスたんの手料理が食べたいです……」
「諦めたらそこで試合終了だよー?」
数日前のフェイリス杯なる雷ネットABの勝敗結果を覆そうというものだったが、うまくいかない。
18文字では複雑なゲーム展開を変えられないのだろうか。それともタイターの言う収束とやらの所為なのか。
ダルの用意した文面では、消えてしまう誤差程度の波風しか起こせないらしい。
たったの二度の挑戦で心が折れた被験者は、ネット巡回という現実逃避を始めてしまった。
紅莉栖の方を見る。
「嫌よ」
こっちが言う前に断られてしまう。昨晩、紅莉栖は自分の過去を否定したくないと言っていた。
良くも悪くも、成功も失敗も含めて過去の積み重ねにより今の自分があると。
それをDメールによって改変、否定するのなら今の自分を否定する事と同意義になる。
信念を貫こうとするのは同じ科学者として尊重したい所だ。ならば残るはまゆり一人しかいない。
「まゆりよ、次はお前に過去を変えてもらおう」
「えー? まゆしぃが変えてもいいの? でもね、過去を変えるってなにを変えればいいのかなー?」
ラーメン缶をさっき食べたばかりだというのに、今度は焼きそばパンを頬張っている。まさに食欲の権化。
食べても食べても太らないのはそういった体質の持ち主としか言えないのだろう。どこぞの名探偵のように燃費が悪いに違いない。
「あ、それじゃあね、こういうのはどうかなー? るかくんに、まゆしぃのコスを着てもらえるように過去を変えるの」
「どうやって? “コスを着てくれないと死ぬ”とでもメールするのか?」
文字数が足りそうにないし、それ以前に冗談としてしか受け取らない可能性が高い。
「違うよー。るかくんにー、“コス着てくれないとまゆしぃ泣いちゃう”って送るんだよー♪ えっへへー」
泣き落とし以前に単なる願望ではないか。指示でも何でもない。
「もっと簡単でわかりやすいものはないのか? そうだな……最近迷ったこととか、後押しがあればなんとかなりそうなこととか」
「あ、それだったらあるよ。
 ここに来る時にね、おでん缶にしようかなー、ラーメン缶にしようかなー、って今日も10分ぐらい自動販売機の前で迷っちゃった。
 きっと誰かがオススメしてくれたらそっちの方買うと思うよー」
「よしそれでいこう。2時間前か。ふむ、放電現象が起きるのは15~20秒かかるから……ひょっとして無理、か?」
まゆりは思考が単純だからきっとメールが来ればそれに乗っかるはずだ。
「それならオカリン、事前に暖気してみるとかどうよ?」
「暖気?」
俺よりも先に紅莉栖がダルに聞き返す。
「つまりさ、15秒未満だと放電現象は起きないわけっしょ。だから事前に、メールを送らずに30秒ぐらいレンジ動かしとくんだお。
 その後、間を置かずにタイマー2秒でもう一度動かす。そしたら、2秒でも放電現象起きそうじゃね?」
「根拠は?」
「ねえっス」
だろうな。その思いつき自体は悪くはないと思うぞダルよ。
「やったことがないだけに試してみる価値はあるかもしれないが、今回のケースではもうひとつ問題があることに気付いた。
 メール送信が完了するまでにかかる時間だ。とてもじゃないが2秒では送信しきれない」
「そうね。早くても5秒程度は見ておく必要がありそう」
最短の15秒で放電した瞬間からメールを送ったとして、送信完了までの5秒を上乗せすれば20秒、
20時間以上前の時間指定でないとDメールは送れないことになる。
「じゃあさ、放電現象起きる3秒前から送信しとけばよくね?」
「放電現象が発生する時間には誤差がある。それに合わせるのは至難だろう。
 また発生していない時に送ってしまっても意味がないし、文面が放電現象前後で分断される可能性もある」
「2秒よね。やってみるだけやってみましょ」
紅莉栖の一声でやるだけはやってみたのものの、やはりたったの2秒では放電現象は起きなかった。
「ああー、メールまだ送れてないよー……」
メールも送り切れていないというお粗末さだ。少ししてまゆりのケータイから送信を失敗したメールが届くジングルが聞こえた。
届いたメールは当然一通、誰がどう見ても見事なまでに失敗だ。
「まゆり、もっと他にないのか? なんなら昨日の御飯でもいい」
「だったらねー、昨日の夜買ったおにぎりの具を変えてみようよー」
「それも迷ったのか?」
「うん。おかかとめんたいこでやっぱり20分ぐらい迷ってね、あ、レシートもあるから時間もわかるよ」
まゆりに財布の中から取り出したレシートを渡される。購入したのはおかか。タイムスタンプは18:37、約18時間前か。
何とか放電現象が起こりそうな範囲でもある。動機付けもそれなりにある。
「これでもう一度やってみよう。ダル、ついでにお前の言う暖気を試してみよう。タイマーを連続でセットするのは手動か?」
「手動だと時間かかるから、シークタイムゼロセコンドで連続セットできるように少しプログラムいじってみるお」
「改良にどのくらいかかる?」
「大目に見ても30分もかからないんじゃね」
なんという頼もしさだ。流石SERNすら陥落せしめる電脳の魔術師級(ウィザード級)のスーパーハカーである。
ダルが敵でなくて心底安心する。
「では頼む」
「オーキードーキー」
有言実行とばかりにダルはその返事から30分もかけず、あっさりプログラムの修正を終えてしまった。
選択肢とサブルーチン一つ追加するだけだから楽勝と言っていたが、当然俺には理解できない内容だ。
「暖気モードと通常モードを選べるようにしてあるお。暖気時間はデフォルトで30秒。もちろん変更も可能。
 暖気が終わって一度チンしてからが本命の送信時間だからそこ要注意な」
「暖気は20秒で充分だ。過去の実験から最長20秒あれば放電現象が発生することは確認できている」
少しでも早く実験をしたいというのが本心だ。
「OK。20秒にセットし直したお。本命の送信時間も19時間前ですでにセットしてあるんだぜ」
「まゆりも準備はいいか? 1回チンとなった後、放電したらメール送信だ」
「うん、わかったー☆」
その手にはワンクリックでメール送信可能な状態のケータイが握られている。こちらの準備もOKだ。
紅莉栖は俺と目が合うと力強く頷いた。早く実験したくてうずうずしているのだ、好奇心に目もきらきらと輝いている。
胸の高まりがこちらにまで伝わってくるかのようだ。
「電話レンジ(仮)、暖気モードで起動!」
ダルのエンターキー押下と共にターンテーブルが逆回転を始める。タイマーが残り3秒を切った所で放電が始まる。
2、1、0と同時にチンと鳴った途端、放電は霧散してしまう。
ターンテーブルは一瞬ガクンと躓いた様に前後し、すぐに本命の逆回転を始める。
「早い、もう放電した」
紅莉栖が感嘆の声を漏らす。およそ5秒程度で放電現象は再び起こった。暖気の有効性はこれで実証された訳だ。
さあ、次はDメールだ。
「まゆり、今だ!」
「わわ、えっと、はい!」
次の瞬間、俺は眩暈に襲われ――――



――――ぐらっとして視界が足元に落ちる。目に映った床の色。そこで異常を認識させられた。
ラボのものとは材質が全く違う。ここはラボのように蒸し暑さが漂い風もなかった閉塞的な空間ではない。
広い、あからさまな開放感と涼しさを肌で感じる。顔を上げて辺りを見回す。
「――――」
口は開くものの、驚きが音にならない。ラボではなかった、どうやらどこかの店内のようだ。
聞いたような聞いた覚えのないようなBGMが静かに流れている。
目の前には、後ろにも箸やスプーン、コップやお椀、鍋といった食器がずらっと陳列されている。
「どっちがいい?」
足元からした声にそちらを向く。紅莉栖だった。右手と左手、それぞれに形状の異なるフォークを一本ずつ持っている。
「どっちかといえば……右の方か」
特に考えず曖昧に答える。
「こっちで決定ね」
俺が視線を向けた右手で持っていたのを紅莉栖は棚に戻す。このまま状況に流される訳にもいかない。
くるりと身を翻し、レジに向かおうとする紅莉栖の肩をがっしと掴んで引き止める。
「ひゃ!? 何すんのよ、今更払いたくないなんていうんじゃ――――なさそうね」
俺に向けられていた紅莉栖の視線が、抗議から審議へと変わる。
「ああ。察してくれて助かる」
「Dメール、使ったのね?」
頷いた。
「ここはHANZ、でいいのか?」
「池袋の東急HANZよ。岡部の実家の割と近くらしいけど」
「まゆりとダルはラボか?」
「たぶん」
「確認させてくれ」
一旦紅莉栖との話を切り、まゆりに電話を入れる。まだ自分が何故こんな所にいるか理解できていない。
ロト6の時よりも状況の変化が激しい。おにぎりだぞ? おにぎりの具を変えようとしただけで何故こうなった?
「トゥットゥルー♪ まゆしぃです。あ、オカリンー♪」
「今ラボに居るのか?」
「うん」
「ダルは?」
「いるよー。代わった方がいいかな?」
「不要だ、あと少ししたら戻るから二人共そこで待っていろ」
「うん、わかったー。で、クリスちゃんとのデートはうまくいってる?」
「デート……だと……!?」
ばっと振り向く。紅莉栖が耳が赤くなるほどぶんぶん首を振っている。
「紅莉栖は否定しているぞ」
額の汗を拭いながらため息を漏らす。本当に焦った。
まゆりにしてはなかなかキツ目のジョークだ。状況が状況だけにうっかり騙される所だった、危ない。
「クリスちゃんはツンデレだからそんなこと思っても口にしないだけだよー」
「本当はデートなのか?」
更に激しく振る、これ以上追求すると紅莉栖の首がどこかへ飛んでいきそうだ。やめておこう。
今はそれよりも確認したい事がたくさんある。
「とにかく俺達が戻るまで動くな」
電話切り紅莉栖へ向き直る。まだ頭に上った血が下がらないのだろう、耳が真っ赤だ。
「もう、まゆりさんったら……」
両頬を手で挟んでまごまごしている。なんだかとても見慣れない紅莉栖が居る。
本題に移らねばと、それとなく周囲を確認する。うむ、今なら聞けそうだ。
「クリスティーナ、状況説明を頼む」
「はぁ……ほんとにもう。そうね。まだ半信半疑だけどあんたは覚えてないのよね?」
「今回はまゆりからまゆり自身へ送ってもらった。
 Dメールの受信者なら送信前後で記憶の維持が出来るという仮説の検証だった、だが……」
「前回同様、岡部はそのことを覚えていて、仮説は崩れたと」
ああ、と頷く。仮説が正しければ俺がそれを覚えているはずもなく、こうやって事後確認することすらなかっただろう。
その場合、まゆりがDメールが送られた事を言ってくれなければ、永遠に過去改変を確認する機会は失われていたのだ。
「今私達がここにいるのはまゆりからの岡部へメールが発端よ。
 ケータイは話が終わってから確認して、“おにぎりが見つからない”ってあるはず。
 それを見た岡部が腹が減ったとか言うから、ついでに私のカップ麺も頼んだのよ。なぜか橋田も一緒にね。
 岡部は箸を選んで、橋田は尖った所に欠けのあるフォーク。
 私はカップ麺にはフォークって決めてた、そこで岡部のフォークを使ってることが判明」
まゆりのは名前入り、そして均整の取れていないダルのは使いたくなかったのだろう、科学者的な意味で。
消去法で俺のしか残らないわけだ。
「1ヶ月間も使ってないって言うからまあ、私は気にしてなかったんだけど、あんたが買いに行こうって」
「俺がか?」
その発想が何処から来たのか俺が知りたい。
「そうよ。“クリスティーナも一時的とは言えラボメンなんだから専用のフォークがあってもいい”、
 “ラボの管理は俺の仕事だからフォーク一本ぐらい買ってやる”……って、自分でティーナつけるとか。欝だ……」
その場に頭を抱え込んでしゃがむ紅莉栖。@ちゃん用語を使うのがあまりにも自然すぎる。
これはダルに匹敵する資質の持ち主かもしれないぞ。きっと磨けば光る。
「で、今に至るというわけか、@ちゃんねらークリス」
確かに俺が言ってもおかしくはないセリフではある。
信憑性は高い、紅莉栖がわざわざそんな事実を捏造する必要もないのだから本当なのだろう。
「そーゆーことだ・け・ど。次にその名で呼んだら……あとはわかるな?」
こ、このプレッシャーは!? 視線を逸らしてケータイからまゆりのメールを探す。

date:2010 8/3 18:49
from:まゆり
sub :おにぎり・・・
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どうしてもツナマヨのお
にぎりが食べたいのに、
どこのコンビニにも売っ
てないよ(;_;)
オカリン売ってるところ
知らない?

ツナマヨ……あのDメールはめんたいこを選ぶよう仕向けたものだったはず。ラボに戻ってまゆりに事実確認をしなければ。
だがその前に栄養補給をする必要があるな。コンビニ……だとすぐには食えないか、駅中の店でいいか。
昼飯時でもある、紅莉栖も腹が減っているはずだ、文句は言うまい。
とにかく腹の減り具合が激しすぎる、もしかして朝から何も食べてないのか“この俺”は。
「あ、ちょっと、岡部」
ケータイをポケットにしまいつつ歩き出そうとして、紅莉栖の声に引き止められる。
「なんだ」
「これ、買ってくれるのよね?」
「当然だ、“俺”が買ってやると言ったのだろう? 遠慮なくレジへ進むがいい」
記憶には全くないが別にフォーク一本買えないほど懐が寒いわけでもない。
なにより俺が知らないからと一度約束した事を反故するなど、寝覚めが悪いではないか。
約束などないと俺が言い張ったとしても、ダルや紅莉栖、まゆりには約束を破ったとしか受け取れないのだ。
フォーク一本で立場が悪くならず維持出来るなら、費用対効果も十二分にある。
「そうだけど…………」
煮え切らないな。こんなはっきりしない態度の紅莉栖は珍しい。
「では何が不満だ? まさか本当にこれがデートでお前がおねだりし「そんなわけあるか! そんなわけあるか!
 大事なことなので二回言いました! さっさとラボに戻るわよ」
「あ、ああ……」
肩を怒らせてずんずん歩いていく紅莉栖の後を追う。本当に女というものはわからん。
ともかくフォークを買い、池袋から電車に揺られてラボへと戻る。紅莉栖が怒ってしまったので飯は食べてない。
ブラウン管工房の前では昨日と同様にバイト戦士が自転車を磨いていた。シスターブラウンもしゃがんでその様子を眺めている。
談笑しているようには見えないが、この小動物は自転車磨きの何が面白いのだろうか。
「あ」
小動物がラボに近付いている俺達に気づいて立ち上がる。
鈴羽もこっちを見て明るい顔をした……と思いきや、険しくなってしまった。理由は判る。
「オカリンおじさんこんにちわ」
「昨日は悪かったな、シスターブラウン」
とさりげなくフォローしておく。俺があの後ミスターブラウンと会ったかはこの状況ではわからないからだ。
「え? 何のこと?」
「……いや、俺の勘違いのようだ」
ここにもDメールの影響が出ているのか? 不用意な発言が場合によっては死を呼びそうだな。
横を見れば鈴羽と紅莉栖が確認するまでもなく睨み合っていた。
「牧瀬紅莉栖」
「なによ」
「デートなんて手段で岡部倫太郎を“ろうらく”するつもり?」
「でっデートなんかじゃないわよこんなの!」
ろうらく? ろうらく……ロウラク……篭絡! まてまてバイト戦士それはないから。
「恋愛は洗脳の一種だから君も相手を選ばなきゃ駄目だよ」
そんな風に話を振られてもどう答えるべきなのか。
「誰がそんなHENTAI男洗脳するか!」
これまた反射的に紅莉栖が否定する。自分こそ@ちゃんねらーの癖に何を棚上げしているのか。
「ふーん……」
「な、なによ」
「それ眺めてニヤニヤしてたのは何処の誰だっけ? 科学者の癖に説得力皆無だね」
蔑視と嘲笑、横で見ている俺でもむかつくような態度を鈴羽はしていた。
「ッ、あんたね――――「やめろ」
掴みかかる前に紅莉栖を鈴羽から引き離し間に割り込む。
逆恨みだと自覚しているのに、そんな表情が出来るものなのだろうか。鈴羽の紅莉栖に対する敵意は理解できない。
「お、お姉ちゃん達、喧嘩はよくないよ」
おどおどと小動物が会話に割り込んできた。会話の意味は解らないが険悪な雰囲気は読み取れたのだろう。
俺のオーラに怯えるほどの感受性の強さを誇る小動物にこの状況は厳しいに違いない、今にも泣きだしそうだ。
「そうだな、小学生に諭されるとは情けないと思わないか」
「………………」「…………」
二人共黙る。しかし睨み合うのはやめない、二人の視線がぶつかる火花で目が眩みそうになる。
有体に言えば、たった今からでも現実から目を背けて他人の振りをしたい。
心で思っていてもそれは選べないのは知っている、この場を納められるのは俺しかいないのだ。
「クリスティーナ」
「フンッ」
俺に窘められて紅莉栖がそっぽを向く。さっきの言葉が余程癪に触ったらしいな。
今後、もしかしないでも紅莉栖と鈴羽が顔をあわせる度ににこうなってしまうかもしれない。
「バイト戦士、お前も言い過ぎだ。小動物がそれらしく怯えてるだろ」
紅莉栖の時よりも視線も語気も強めて鈴羽に言ってきかせる。
お前が喧嘩を吹っかけなければ何も問題はなかった、それだけは間違いない。
「…………ぅ」
まて。何でそんな泣きそうな顔になってる。俺が泣かしたのか?俺が悪いのか?
「だって!」
「ちょ、バイ、何を!?」
感極まった表情で鈴羽が飛びついてきた、思わず抱きとめてしまう。
胸に柔らかい感触が押し付けられて、ふわっとなんかいい匂いが、ヤバイこれは――――
「――――牧瀬紅莉栖はSERNと繋がってる」
!? ぼそっと、耳元で涙に震えた声が響く。寝耳に水を注ぎ込まれ、のぼせた頭が急冷される。
状況と発言があまりに乖離していて、何を言われたのか、すぐに理解できない。
何とか理解できても内容の意味が解らない。紅莉栖がSERNと繋がっている?スパイだとでも言うのか?
ゼリーマンズレポートを見て秘密裏に研究を進めているSERNへの嫌悪感を露にしていたあの紅莉栖が?
「はいはいお熱いことで。先、行ってるわよ」
冷ややかな視線を俺にまで浴びせて、紅莉栖がラボへの階段を上がっていく。
フォークを包んでいる包装紙が、握り締められてぐしゃぐしゃになっているのが見えた。
中のフォークが曲がっていなければいいのだが。
「留意して、タイムマシン発明の功績は彼女のものになった」
「どういう意味だ?」
“なった”と鈴羽は言った。今度は聞き漏らしていない、それが意味するのは過去で確定しているという事。
紅莉栖が俺達が知らない間に論文でも出したというのか? ありえない。
父親は笑い話にされ学会を追放されたとまでと言ってたんだぞ。
電話レンジ(仮)はタイムマシンの機能を有しているが、完全ではなく、公表できるレベルでもない。
頭のいい紅莉栖が何の対策もなく、父親の二の轍を踏むような事をするわけがない。
「でも今は桐生萌郁の警戒を優先して」
俺の問いに答えず、鈴羽が今度は指圧師まで危険だと言い出した。それも紅莉栖より危ないと言う。
IBN5100絡みなのだろうか? 仲間を疑えと言われているようで気分が悪い。
そのうちまゆりやダルにまで何かいちゃもんをつけてくるのではと勘ぐってしまう。
「す、鈴おねーちゃんみんな見てるよ……」
綯のその言葉を受けて鈴羽が離れる。
「ほら、おっかけなよ」
「…………」
涙を軽く指先で拭うその姿を見て距離感を掴みかねる。これ以上近付いていいのか。それとも離れるべきなのか。
「ね?」
用件は済んだという事なのだろう。問い詰めてもきっと鈴羽は答えない。たぶん、誤魔化そうともしない。
明るい鈴羽は表の顔でしかないのだろうか。でもこの涙は以前のような嘘泣きではなく本物だ。
……わからない。解りたいのか、俺は。
「今戻った!」
複雑な内心、いわゆる弱味を微塵も見せる事なく、俺は勢いよくラボのドアを開けた。
「リア充死ね」
「いきなりなんだダル」
「ダメだよオカリン、デートは途中も大事だけど最後の印象が一番強いんだから。
 スズさんと仲良しさんなのはいいけどね、時と場所は考えて欲しいのです」
ダルに続いてまゆりにまで抗議される。一体俺が何をしたと言うのだ。
「まゆりさん、だからさっきも言ったけどデートじゃないの。楽しいもなにもフォーク一本買って来ただけなんだから」
「えー、そうなのー? お食事は?」
「してない。真っ直ぐに帰ってきた」
しようと思っていたら、紅莉栖が怒って帰るとか言い出したのだから仕方がない。
ストレスの所為か腹の減りすぎが悪いのか、少し胃が痛い気がする。
「えー、ありえないよオカリン」
「なんというフラグクラッシャー、それでこそオカリンだお」
「フラグなんて壊されるまでもなく立ってすらいないから」
「え?」
「えっ」
「えっ」
「…………っ」
視線が紅莉栖に集まる。それに耐えかねた彼女は洋書で顔を隠してしまう。耳が真っ赤なのは隠せていないが。
うむ、そっち系の知識もそれなりにあるとみた。アメリカに住んでいた事を考えると全部@ちゃんねる由来か?
「それよりもまゆり、昨日の夜めんたいこのおにぎりは買ったか? Dメールは届いていたか?」
「ん~~~?」
首をかしげるまゆりがなんだかリスのように見えた。
「どうなんだ?」
「昨日の夜買ったのはー、ツナマヨだよ。あ、Dメールってこれかな?」
まゆりからケータイを受け取り、メールを見せてもらう。届いていたのは三通。

date:2010 8/3 18:06
from:まゆしぃ☆
sub :
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めんたいこは

----------------------
ぷりっぷりで

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美味しいよ☆

自分の名前を“まゆしぃ☆”で登録するなんてどんなセンスだ。
送信日付は今日、8月4日の13:06。これがDメールで間違いない、内容も記憶と一致する。
「岡部が実験したのはこのメールであってるの?」
いつの間にか開発室の方に居た紅莉栖が隣に来ていて、ケータイを覗いていた。
「そうだ。まゆりが買ったおにぎりの具をおかかからめんたいこに変える筈だった」
「ちょ、オカリンまた勝手にメール送ったん?」
「また勝手に、とはどういう意味だダル?」
「昨日はロト6の当たり番号送ったっしょ。二連続で抜け駆けとか流石にないわ……」
昨日の夜にダルにはフェイリス杯の件でDメールを送ってもらったはずだ。
またなかったことにされているのか?…………そうか、紅莉栖の話だとまゆりからのメールが届いた後、俺達はカップ麺を食べている。
まゆりの俺へのメールは18:49、ダルの希望したDメール実験は19時直前だったはず。
つまりみんなでカップ麺を食べていた為に俺の実験続行宣言は消失し、ダルはDメールを送る機会を失った。
過去が改変されたのはDメール着信以後の時系列のみ、という事でいいのだろうか。
「時にクリスティーナよ、セレセブという単語に聞き覚えは?」
「ないわよ、ってそれ私のことじゃないだろうな」
「その通りだ、察しがいいなセレブセブンティーン」
「ほんとにお前は人を名前で呼んだ試しがないな」
わからない。ロト6実験の時には覚えていた事実が消えている。変わるのは未来だけではないという事なのか?
「まゆり、ツナマヨを買った経緯と、その後の行動について詳しく頼む」
マッドサイエンティストらしく思考の海に漂流するのは後回しにして、この失われた時間を取り戻すのが先決だ。
「まずツナマヨを買ったのは何故だ? めんたいことおかかのどちらを買うか、お前は迷っていたはずだ」
「メールを見てね、めんたいこもねーおいしそうだなーって思ったんだけど、それよりはツナマヨの気分かなーって」
まただ。ロト6の時のようにさせようとしていた行動とのずれが生じている。
「でもでもラボの近くのコンビニで全部売り切れててね、諦めようかと思ったんだけど……
 その時心の中でね、安在先生が“そこで諦めたら試合終了だよ”って励ましてくれたのです。
 かくしてまゆしぃは再び立ち上がり、更に十件のコンビニを巡った後、目的のツナマヨを美味しく頂きましたとさ、おわり」
「頑張ったんだな」
まゆりの食い物に対する情熱は最早執念の域なのかもしれない。
そもそも売れ筋のツナマヨおにぎりが見つからないなんて事があるのか疑問だが、事実なのだろう。
「うん、やっぱり頑張った後のツナマヨはいつもより美味しかったよ、えへへー♪」
結果としてまゆりはおかか以外のおにぎりを食べたが、それは元々予定していた結果とは異なっている。
と、まゆりのケータイから着信音が響いた。まゆりに渡すとどうやらメールだったようで、すぐに返信を書き始める。
指圧師とは違い、まゆりは両手でぽちぽちとボタンを押している。2分程度で返信を終えてケータイを閉じた、と思ったらまた着信音。
いそいそと折り返すまゆり、そしてまた着信。さらに折り返す。
「珍しいな」
まゆりがこんな頻度でメールをしているのを見るのは初めてのような気がする。この感じはどこかで……
「あ、うん、萌郁さんとメールしてるの」
「な……に……」
「昨日ね、ツナマヨを見つけた後に、道端でおろおろしてる萌郁さんに会ったの。
 話を聞いたらケータイの充電切らしたらしくてね、まゆしぃの電池式充電器をあげたのです」
あのメール魔が充電を切らすなんて初歩的な失敗をしたりするのだろうか。偶然まゆりがそのタイミングに居合わせただけか?
だとしてもあまりにも出来すぎているように聞こえる。
「ものすごく感謝されてね、お礼にお茶ぐらい出すって言うから、萌郁さんの家に連れてってもらったの」
そこで少しまゆりの顔が曇る。
「……なんかね、とっても寂しい部屋だった。綺麗に片付いてるんじゃなくて、必要なものしかないから片付いてるって言うのかな。
 どうしてこんな所に住んでるんだろうって、失礼なこと思っっちゃったりもして、一人心の中で反省したのです」
その時の事を思い出しているのか、まゆりがぎゅっと『うーぱ』クッションを抱きしめる。
ん? 良く見るとラボには一つだけだったはずの『うーぱ』クッションが、二つに増えている。
「お詫びって表現はおかしいんだけどね、どうしても我慢が出来なくって、気が付いたら萌郁さんの手を引っ張って部屋を飛び出してた。
 暗くなってたからお店はもう閉まっててね、だからゲームセンターに行って、これと同じ『うーぱ』クッションを二人でゲットしたの。
 全部でみっつ。ひとつはまゆしぃの家、一つはここ、ひとつは萌郁さんの家。おそろいのストラップも買ったんだ♪」
表情がだんだん明るくなっていく。この方がまゆりらしい、まゆりにはいつも笑っていて欲しい。
「えへへ、今思うとまゆしぃらしくない行動だったよね……」
お小遣いもなくなっちゃったし、と続けて呟く。暗い顔などまゆりには似合わない。
「指圧師は、萌郁は喜んでくれたんだろ」
「うん、とっても喜んでくれたよ」
「いいことをしたな、まゆり」
眩しい笑顔をするまゆりの頭をくしゃくしゃと撫でてやる。さらさらとした髪の手触りが心地良い。
俺が気がついてない間にまゆりもそれなりに成長していたのだろう。いや、まだまだ俺がついていてやらないと危なっかしい所はある。
「オカリンにほめられちゃったよー、うれしいねー。えへへー」
この笑顔を見ていると安心する。俺の顔は今きっと幸せを噛み締めて、笑っているのだろう。
「しかしその日初対面の女の家に上がり込んだ上に好き勝手連れ回すとは。肝が据わっているな」
「初対面だけど、萌郁さんは同じラボメンだよ」
「そうだったな」
苦笑してしまうのは仕方がない。萌郁をラボメンに加わえたのは秘密を守る為、都合上仕方なくだった。
俺の中ではまだ部外者と思っているところがあったのはいなめない。
しかしそれも今、まゆりに言われてやっと拭い去る事が出来た。萌郁はもう仲間なんだ。
まゆりのケータイからまた、ジングルが響く。
「指圧師からか」
「うん」
「メールが大変なら俺に言え、注意してやる」
「うん、ありがとう。でも大丈夫だから。萌郁さん、口数少ないけどメールだといろいろなこと話してくれるよ。
 あ、オカリンのことももちろんあるよ」
「何っ、なんと言ってるんだ?」
変な期待など何もしていないが、何を言われているかは気になる。
「“つきあい悪い”、だって」
「それは仕方のないことだぞまゆり。指圧師が俺によこすメールはレトロPCの件ばかりだからな」
付き合いも何も、俺と指圧師との接点はそれが始まりであり、終わりでも……まだ終わってはいないか。
とにかくIBN5100IBN5100とそれしか言ってこないのだからどうしようもない。
「オカリンが他のこと話してあげないだけじゃないのかなー?」
う、それは、考えもしなかった。そもそも俺は必要な時にしかメールをしない。電話と同じく連絡手段としてしか使用していない。
だらだらと世間話をするなど、“機関”に追われる俺にとって時間の無駄でしかないのだ。
「ほらー」
そんな目で見られても何を話せというのだ? あいつ自身、自分の事は語らないというのにどんな話題を使えと。
あれか、“今日はいい天気ですねー”だの、“今日のお昼は○○食べました”とかでいいというのか?
なんというつまらない内容だ。少しのエスプリもきいていないではないか。
「まゆ氏まゆ氏、昨日1日でわかった桐生氏の性格についてkwsk」
「うおっダル居たのか!?」
思わぬ声に振り返る。心臓が一瞬止まるかと思ったぞ。
「私も居るんだけどね」
「うおっ!?」
「…………何身構えてんのよ、まったく」
あまりにびっくりして変な構えを取っていたらしい。ゆっくりと体勢を解除して冷汗を拭う。
「周りが見えてないとか強力な固有結界張りすぎだろ常考、ってかさっき挨拶したじゃん」
そういえばそうだった。紅莉栖は俺の隣で例のDメールまで確認していたのに、存在そのものを忘れていた。
まゆしぃ・ザ・ワールド恐るべし。
「ダルくん式に言えばねー、無口なクールビューティー。でもメールだとデレデレみたいな感じかな?」
「人見知りの激しい美女の心をメールで解きほぐすとかなんてエロゲ」
「そういえばオカリンがスーパーハカーさんの連絡先結局教えてくれなかったって言ってたよ。もしかしてダルくんのことかなー?」
それはおかしな話だ。あいつはダルを目の前にしても連絡先さえ聞こうとしなかった。
「ちょ、人の恋路を邪魔するとかどういうことだオカリン!
 謝罪と賠償を「落ち着けダル、あいつは“機関”の関係者の疑いがあってだな……」
くだらん文句言うくらいなら自ら連絡先を訊きに行けというのだこのアホダル!
「桐生氏ラボメンにしたのと矛盾しね?」
「あの時はお前達が迂闊にDメールの話をしたからではないか」
「でもトドメを刺したのはオカリンだよねー」
そこは否定できない。
「まゆ氏やるか氏はいうまでもなく、今日はとうとう牧瀬氏にまで魔手を伸ばし、
 いつの間にか桐生氏に阿万音氏まで加えてハーレムエンド気取りかお……ギギギギギギギ」
「バイト戦士の件を何故お前が知っている!?」
「冗談で言ったのに本当とか僕の嫉妬指数がマッハ、もうこれはやるしかない」
くそ、ダルにまで『カマかけ(サイズハング)』を食らうとは。というかルカ子は男だ!
「ちょっと岡部、じゃなくて橋田?」
「やるべきだ、やらないとかない、やってやる、もうやる」
ダルの妄想が暴走している。いかんこれは世界崩壊の引き金になりかねん事態だぞ。主に俺の世界がやばい。
「ダルくんストップ! ストップだってー」
なにやらゴソゴソとものを漁ってるダルにまゆりが近付いていく。
「久々にキレちまったよ……」
!? まままま、待てその物騒なモノは――――
「バールのようなもの持っちゃ駄目だよっ、あぶないよー」
「どいてまゆ氏、そいつ殺せない」
バールのようなものを振り上げて息巻いているダルをまゆりが必死に宥めている。
しかしその華奢な防波堤が崩れ去れるのも時間の問題だろう。
「橋田がここまで怒るなんて、よほど悔しかったのね。私の目には橋田が血の涙を流しているように見えるわ。
 あ、いや、実際には普通の涙も流れてないんだけど」
そこで顎に手を当てて一人ふむん、とか納得するんじゃない助手。
「冷静に判断するなクリスティーナ、お前もまゆりを手伝ってくれ」
「だが断る」
お前それが言いたかっただけだろう!? してやったりな顔をするな!! 紅莉栖お前はそういうキャラじゃないだろう……
「君が死ぬまでッ! 絶対にやめないッッ!!」
目がマジだ、間違いなくこの場に居たら殺られる。少なくともこの廃テンションダルを俺がどうにか出来るわけがない。
「親愛なる我が助手よ、この借りはいずれ……ッ!」
「ふぇ!?」
返すとは言わずに紅莉栖の後ろに回りとん、とダルの方へ押し出す。
「きゃ!?」「ひゃん!?」「ぐは!?」
紅莉栖からまゆり、まゆりからダルとドミノ倒しに床に倒れる。今だ!
ドアを開けてすぐ反転して閉め、階段を駆け下りそのまま街中へ走り出す。窓からダルの叫び声が響いている。
どこかでほとぼりをさますしかないな。今日の実験はこれ以上できそうにない。
「お帰りニャさいませ、ご主人様♪」
やってきたのはラボから徒歩3分、そこはオタクにとって癒しの空間、『メイクィーン+ニャンニャン』だ。
ダル御用達の店でもあるが、あの状況でここには来れまいという裏をかいた作戦でもある。
「うむ、出迎えご苦労」
出迎えてくれたフェイリスに右手を上げて労う。人の入りはいつもよりやや少なめ、4割程度だろうか。
昼食の時間も過ぎているしそんなものなのかもしれないな。
「凶真が一人で来るなんて珍しいこともあるのニャ。マユシィは今日はお休みニャ」
「知ってる、今はラボに居る」
ふと自分の行動を省みて、取り返しのつかない事をしたと気付く。
緊急事態だったとはいえ俺の保護対象であるまゆりを盾にして、俺は戦場から逃げ出してしまったのだ。
俺が守ってやらなければならないのに、なんということだ。今から戻るか? いや、戻ったところで火に油を注ぐ結果しか見えない。
今は、俺がいない方がいい……その考えが逃げだと解っていて、久し振りの自己嫌悪に陥る。
「その顔は喧嘩でもしたのかニャ?」
一方的に吹っかけられたと言った方がいいのだろうか。説明するとまたフェイリスの妄想につき合わされそうだ。
「違う。違うから早く案内しろ」
「ニャニャ! かしこまりましニャ、ご主人様」
コーヒーをブラックで頼んでため息をつく。ついでに食べ物を頼めば良かったか。でも頼んだ所で食える気分ではない。
「ブラックコーヒーお待たせしましたニャ、それでダルニャンがどうかしたのかニャ?」
ことん、とコーヒーカップをテーブルに置きながらフェイリスが伏せ気味の俺の顔を覗いてくる。
「何故ダルの名前が出る」
「マユシィじゃなければダルニャンしかいないのニャ」
フェイリスには紅莉栖の事を紹介してなかったか、仕事中は忙しいからまゆりも話す機会がなかったのだろう。
「面白そうな匂いがするから話してみるのニャ」
「大して面白くもなんともないぞ、昨日まゆりがケータイの電池が切れてる女を一人助けた。それが俺の知り合いでもあった」
「ニャニャ!?」
じっとこっちの目をフェイリスが見つめてくる、最早癖なのだろう。目を逸らそうとしても追いかけてくるのはやめて欲しい。
「それを知ったダルがいきなりキレて、我がラボは今奴の怒りの炎で炎上中だ。まゆりは消火作業に当たっている」
「マユシィ一人置いて逃げるなんて凶真は薄情ニャ、見損なったニャ」
そう吐き捨ててフェイリスは離れていった。フェイリスに隠し事なんて十年早いニャ、とか聞こえたのだが、幻聴だろうか。
一人で少し考えたかったからこの方が助かるといえば助かる。あいつの妄想に付き合うとろくな事がないからな。
まずはダイバージェンスを確認しておこう。ケータイを取り出し過去のメールを参照する。
この世界線でもタイターと俺はメールのやり取りをしていたようで、少しだけ安心した。
当てにできないとは言っても、少しでも多くの情報が欲しいのは変わらない。
「変わらない……だと……」
これほどはっきりと状況が変わったというのに何故だ。独りで5分ほど頭を悩ませてから諦めた。
止むを得まい。信じるかどうかは別にして、奴に聞いてみよう。

date:2010 8/4 14:04
to :ジョン・タイター
sub :また質問です
----------------------
ジョン、あなたへメール
しようかどうか迷いまし
たが、少しでも多くの情
報が必要なので送ること
にしました。
今日、また過去へメール
を送信しました。送信先
は昨日の夕方、19時間
前です。友人の買ったお
にぎりの具を変更すると
いう些細なものだったの
ですが、メールを送信し
た直後に私は元居た場所
とは全く違う場所に移動
していて、友人達の関係
にも大きな変化がありま
した。しかしメール送信
の前後でダイバージェン
スの値は変わっていませ
ん。この事についてジョ
ンはどう考えますか?

date:2010 8/4 14:11
from:ジョン・タイター
sub :能力
----------------------
キョーマの話が事実なら
、これで3回目になりま
すね。あなたは自らに収
束観測の能力があると自
覚したはずです。
さて、キョーマはダイバ
ージェンスが変わってい
ないと言いましたが、そ
れは誤りです。おそらく
は変わったが、表示桁以
下の変化でしかなかった
という事でしょう。掲示
板でも言いましたが、人
一人死んだとしてもその
値は0.000002%変わるか
変わらないかです。人間
関係が変わるだけでそれ
以上の変化が起こせるの
なら、もしかするとその
人は世界の命運を握るキ
ーパーソンなのかもしれ
ません。

date:2010 8/4 14:15
from:ジョン・タイター
sub :未来への分岐
----------------------
この世界では過去2回、
世界が大きく変わる、つ
まり世界線が変わるタイ
ミングがありました。1
991年のロシア崩壊と
PCの2000年問題の
あった時です。そして今
、2010年が世界線が
大分岐する最後のタイミ
ングになります。これを
逃すともう他の世界線に
移動することは出来ませ
ん。未来はディストピア
に固定されてしまう。そ
してその先の未来でまた
大分岐が訪れたとしても
、タイムマシンによって
彼らの都合のいいように
収束させられてしまうで
しょう。二度とチャンス
はありません。

「…………」
やはり、というべきか。話が大きすぎてついていけないというのが正直な所だ。真偽は判らない。
そもそもどうやってこれで世界を変えるというのだ? やり方が判らない以上は何をやっても出鱈目になってしまう。
それに俺には2036年なんて遠い未来を想像する事はできない。
ブラックのままのコーヒーに口をつける。うむ、いつものガムシロップ山盛りのと違って頭が冴え渡る苦さだ。
もしやこれを防ぐ為にフェイリスはわざと……一服盛られていたという訳か。
やってくれる、今後は注意しよう。

date:2010 8/4 14:21
to :ジョン・タイター
sub :Re:未来への分岐
----------------------
今回おにぎりを変えるメ
ールでは、以前ロト6番
号を送った前後で友人が
覚えていた事が消失して
しまいました。変わるの
はを過去におにぎり変更
のメールが着信してから
後だけと思っていたので
すが、それ以前について
も変わってしまった理由
が解りますか?

date:2010 8/4 14:27
from:ジョン・タイター
sub :世界線と収束
----------------------
それはわずかとはいえ世
界線が変わった影響です
。以前世界線を小刻みに
変えることに意味はない
と私は言いました。それ
は大局的に見れば誤差の
レベルであり、より大き
な収束により結果が同じ
になるからです。ダイバ
ージェンスが1%を超え
なければ世界が変えられ
ないと言ったのもそうい
うことです。
しかし、厳密に言えばひ
とつひとつの世界線は別
物です。キョーマがメー
ルを過去へ送った時、そ
の着信時を基点に世界は
再構成されているはずで
す。過去も未来も含めて
全てです。その矛盾を指
摘できる人間はおそらく
キョーマだけでしょう。

タイムトラベルをした人間を除いて、か。ケータイをポケットにしまう。これだけ解れば今は充分だ。
では今回の実験について考察を始めるとしよう。テーブルに肘をついて両手を組み、そこに額をこつりと当てる。
今回の注目点は予定していた結果と異なるという点だ。おにぎりを買ったが指定した具にはならなかった。
逆に考えれば望んだ結果になるとは限らないという事、つまり選択は受信者に委ねられる。
自分自身に送れば結果が予定通りになるのか、わからない。まゆりは駄目だった。
今の俺はDメールを知っているが、それを知る前の俺に指示を出したとして信じるかどうか、はなはだ疑問だ。
それはロト6の時に受信時の俺がルカ子に代行を頼んでいた事からもわかる。
意味のわからないメールは悪戯メールか何かと判断されて無視される。よって行動に変化は起こらない。
これが100通、1000通送られたのなら状況は想像するまでもなく、変わってくるのだろう。
自分の思い通りに動かそうとするなら、受信者の動機付けになるようなものにする事が重要だな。
例えばこの瞬間、俺にダルの機嫌がとれるようなメールが来たとしよう……それでもその通りに動くかどうかは怪しいな。
自分やまゆりなら信じるかもしれない。ミスターブラウンや萌郁だったらどうだろうか? ダル自身から来たら?
考えれば考えるほど判らない、これは致命的だな。だからといってやめられはしない。
明確な動機付けを促せるメールを何とか用意する必要があるな。
文字数に制限がなければ、自分の意思でも飛ばせるなら、たられば思考は無駄でしかない。
どうやらこの魔眼、“リーディング・シュタイナー”も本物のようだ。ようだ、というだけで断定はしない。
今回についてはまゆりからまゆりへと送らせたにもかかわらず、まゆりは何も覚えていないようだった。
更にその前に遡れば俺からダルに偶然送られたあのメールがあるが、それについてもダルは覚えていなかった。
発信者でも受信者でも覚えていないのだ、もうこれは俺だけしか覚えていないという結論を出してもいいのだろうか。
「…………」
温い。気がつけばコーヒーがすっかり冷めていた。
ついでにフェイリスから、コーヒー1杯でいつまで粘る気ニャというような視線で見られていた。



その後、不機嫌なフェイリスに絡まれて妄想に付き合った為、結果的に2時間ほど『メイクィーン+ニャンニャン』で過ごした。
それだけの時間を潰す間に、しっかりと食事をさせてもらったのは言うまでもないだろう。
言いたい事を言ってすっきりしたのか、俺を送り出すフェイリスの顔は晴れやかだ。
しかし見れば見るほどフェイリスはと鈴羽は逆だ。鈴羽はそれがある事をわざと見せて秘密だと伝える。
フェイリスはそれを虚構で隠し通す事で秘密だと伝える。共通点はどちらも一番重要な秘密の内容を相手に伝えないという事だ。
秘密にするには彼女達なりの理由があるからだ、そこに安易に踏み込んではならない。それは紅莉栖の時に経験している。
踏み込んでもいいのは俺の覚悟が出来た時か、向こうから打ち明けてくれた時だけだ。
「凶真なんか落としたニャ」
「ん? ああすまん」
会計を済ませるために財布を取り出した時にカードが落ちたらしい。
受け取ろうとフェイリスへ手を差し出すが、彼女は拾ったカードを見詰めたまま固まっている。
よく見れば俺の記憶にもないものだった。
「…………凶真、こんなものを何処で手に入れたのニャ?」
「知らん。というよりそれが何か知っているのか?」
裏も表も赤いだけのカード。一見してテレホンカードのようにも見えるそれは、やはり俺の記憶にはないものだ。
あるはずのものが消え、ないはずのものが増えたりしているこの状況で、過去の俺がを手に入れたかなどわかるはずもない。
少なくともこの“俺”のものではない。この世界線か、それとももうひとつ前で手に入れたのか。全く判らない。
「フェ、フェイリスの口からはとても言えないニャ~~」
フェイリスが急に顔を赤くして焦ったかのようにそれを俺に手渡す。意味が解らない。
「まだいくらニャンでもフェイリス達には早すぎるのニャ……! もしかしてもう使った後なのかニャ?」
「だからこれはなんなのだ? 用途が解らなければ使うも何もあるまい」
「ふにゃ~」
本気で困ってるように見えるが、それでもニャンニャン語をやめないのは流石フェイリスと言っておこう。
仕事が板についている、まさにプロの領域だ。
フェイリスの回答を待っている間に会計に向かう他の客の姿が見えた為、やむなくレジから離れる。
俺にはこのまま何も聞かずに会計を済ませ帰るという選択肢もある。だが断る。
「フェイリス、答えてくれ」
「~~~~~~ッ!」
ツインテールがアニメのように逆立ったみたいに見えたぞ。いや実際にそんな事はないのだが。
そのくらい体をビクッとさせた。顔が赤いと猫耳まで赤く見えてくるのは不思議だ。
「そんなに凶真は…………知りたいのかニャ?」
いやいやいやそんな顔で上目遣いされても非常に困るというか目を合わせていられない。
「教えてくれ、フェイリス」
それでも俺の好奇心は止められない。さあ観念してこのカードがなんなのか答えるのだ!
フゥーハハハハ……ハ?
「ご主人様、これ以上のおイタは出入り禁止とさせて頂きますよ!」
「はい?」
肩を叩かれて振り返る。気がついたら猫耳メイド三人に囲まれていた。その顔は営業スマイルではない。
さあ、第三者視点でこの現場を見直してみよう。

壁を背に、逃げ場を失ったフェイリス。
しかも顔が赤い、ちょっとだけ涙目。
彼女を追い詰めているのは、誰が見ても俺。

「え、いやこれはあの……誤解! 誤解だと言っているっ!!」







-----------------0.571393 





昨日は色々と酷い目に遭った。あれで世界線がびくともしないとは納得がいかない。
ラボに戻ったら戻ったで鬼女と化した紅莉栖に土下座を強制され、勝手に暴走したダルにまで謝らねばならないという不条理。
思わずまゆりに救いを求めそうになるほど、今までの人生の中で五本の指に入るアンラッキーだった。
ささやかな仕返しとばかりにダルに無意味なあのDメールを送信させ――成功したらしたで問題ないのだが――溜飲を下げたのは俺だけの秘密だ。
「…………」
紅莉栖の機嫌はまだ直っていない。仏頂面に磨きがかかっているとでも言うべきか。
ダルのDメールの実験を始めた頃は多少復調していたものの、結果が伴わなかった事でまた不機嫌になった。
そして何故か俺に当たってきた。多分、ダルが失敗するのを見ても困った顔ひとつしなかったからだろう。
満足のできる結果が出せていない事には俺も頭を悩ませている。
一晩考えてはみたがいいものが、というより改変に適した過去が見当たらないのだ。
改変する元とするのに丁度いい事象、事例、事件が思いつかない。
一般に知られている、ニュースなどで取りざたされるものをどうにかできないかとも考えて、
シミュレーションするまでもなくボツになった。知ってはいるが接点はないのだ、難易度が高過ぎる。
身近で、それでいて後押しがあれば何とかなりそうな動機があって、変化が目に見えてすぐ解るような事。予想以上に難易度が高い。
Dメールを使える時間帯にはなっていても、実験材料がなければどうしようもない。
まゆりはバイトでラボにはいない。紅莉栖は開発室の椅子に座り分厚い洋書を読み耽っている。
ダルは談話室のPCでなにやらやっているようだ。どうせろくな事ではあるまい。
かく言う俺もソファに寝そべって何の面白味もない天井をぼーっと、眺めているだけだ。考えれば考えただけ深みにはまっていく。
気分転換にドクペでも飲むとしよう。体を起こし、冷蔵庫に手かけたところでケータイが鳴った。
まゆりからだ。

date:2010 8/5 15:11
from:まゆり
sub :Dメール
----------------------
萌郁さんがね、Dメール
送ってみたいって言って
たよ。ラボメンで送って
いないのって、クリスち
ゃん以外だと萌郁さんだ
けだよね?仲間外れはい
けないと思うので送らせ
てあげてね。 まゆしぃ

最後の著名は萌郁の真似のつもりなんだろうか。萌郁がDメール使いたいと言っている?
そうか、まだ指圧師が残っていたか……ただ気にかかる事が一つだけある。
指圧師はどういう意図で、“Dメールを使いたい”なんてまゆりに伝えたのだ?
と、またメールか。

date:2010 8/5 15:14
from:閃光の指圧師
sub :まゆりちゃんから
----------------------
届いたかな? 私にもD
メール送らせて欲しいな
。 萌郁

仲間外れにされるのが嫌だから、なのだろうか? まゆりがどこまでの話をしたのかは聞けば解る。
でもこれはそういう問題ではない気がする。あの女の感情が俺はまともに読めた試しがない。
声には感情がこもるが、文字であれば誤魔化す事は容易だ。世の中に声優という職業もある以上、声でも自分を騙せるのは知っている。
迷っている間にもう一通、届く。

date:2010 8/5 15:17
from:閃光の指圧師
sub :私も
----------------------
岡部君達の仲間…ラボメ
ンなんだよね? お願い
、いいでしょ? 萌郁

「ふむ……」
「冷蔵庫開けっ放しで何やってんのよ」
つかつかと歩いてきた紅莉栖に、冷蔵庫の扉がバタンと閉じられる。
「危うく足を挟まれる所だったではないか、助手」
「だから助手でもないって言っとろーが。誰からのメール? 愛しの阿万音さんからでも来たのかしら?」
思ったよりも根に持つタイプだな紅莉栖は。そういえばタイターの時も俺が誰とメールしているか気にしてたな。
まさか、監視されている……?
「…………な、何よ。あんまりじっとこっち見んな」
「フッ」
「ちょっと、何がおかしいのよ!」
こいつに限ってそんな事はないか。鈴羽の思い過ごしだろう。
どんな逆恨みがあるか知らないが紅莉栖にそんな器用な事出来るわけがない。ただの実験大好きっ娘だからな。
「メールならまゆりと指圧師からだ。当てが外れて残念だったな」
「べっ別に当てようと思って言ったわけじゃないし……」
ではどんな理由で聞いたというのだ? そう問いかけた瞬間にその洋書で頭をぶち抜かれる未来が見えた。
十中八九、この妄想は現実になる。だから実行には移さないで胸の内にしまっておく。
まあ、冷蔵庫開けっ放しでケータイとにらめっこしていれば不自然に見えるだろう。
好奇心の塊でもある助手はその状況に興味を示し、分析し、仮説を立て、証明しようとしたわけだ。
「指圧師がDメールを使いたいらしい」
軽く紅莉栖に振ってみる。実際それほど深くは悩んでいない。紅莉栖がどう言おうと萌郁にDメールは使わせるのだから。
「萌郁さんが? いいんじゃない、それ」
「そう思う理由を聞こうか」
「簡単よ、今の私達じゃいいアイデアが浮かばない。萌郁さんっていう新しい風が入れば少しは変わるでしょ。
 視点が増えれば、それだけ物事を多角的に分析することも考察することも可能になる」
「被験者も多いに越したことはない、か」
「標本数は多ければ多いほど正確な測定が出来る、当然でしょ」
「被験者数を増やしすぎれば電話レンジ(仮)の秘密が“機関”に漏れてしまう可能性もある、悩みどころだな」
「また妄想……ま、公に電話レンジの存在が認められれば、もう好き勝手に実験はできなくなるわね」
まず間違いなく大義名分を盾にした国家権力に、俺達の抵抗もむなしく回収されてしまうだろう。
国家権力だけではない、世界で暗躍する闇の組織も狙ってくるに違いない。それだけは避けねばならない。
萌郁は編プロという職業、これが世紀の大発見と確信したら情報をリークするだろうか。
ロト6、その前のテストで送ったDメールを見て彼女は驚いていた。あの時点で確信していたとも考えられる。
顔色をなかなか変えない萌郁だけに、変えた時には大きな変化があったと見ていい。ならば。
今のところ、俺達がタイムマシンを開発しているという情報が表立って流れた形跡はない。
公にしようとしたがゴシップ記事で止まってしまったか、検討段階でボツネタにされた可能性はある。

date:2010 8/5 15:23
to :閃光の指圧師
sub :Re:まゆりちゃんから
----------------------
前に教えた俺の電話番号
に電話しろ。Dメールを
送信させるかはそれから
決める。

「あとは指圧師次第だな」
冗談ではなく、本気で送りたいのならこれですぐに電話をかけてくるはずだ。
Dメールは送らせる、だが素直に送らせるわけにもいかない。

date:2010 8/5 15:24
from:閃光の指圧師
sub :どうして?
----------------------
いじわるするの?>< 
電話は苦手だって言った
のに。 萌郁

まさに閃光たる速さでの返信、ここまでは予想通りだ。

date:2010 8/5 15:27
to :閃光の指圧師
sub :Re:どうして?
----------------------
声で確認したい事がある
。苦手は克服するために
あるものだ。これ以上メ
ールでの受け答えはしな
い。電話をするまではラ
ボに来ても無駄だ。

別に指圧師を虐めたくてこういう事をしているのではない。俺が俺を信じ切れていないだけだ。
まゆりの言葉を聞いて俺は萌郁を仲間だと認めた。認めているのに今度は鈴羽の言葉が頭から離れない。
あいつは意味のない事は言わない。言う必要がなければあんな顔なんてしない、鈴羽は嘘をつくのが下手だから。それだけは解る。
前向きに、というよりは普通に平穏を保っていた俺の心には彼女の言葉の棘が刺さっていて、それが時折自己主張するのだ。
“忘れるな”と。
「メールのやり取りは萌郁さんと?」
「そうだ」
「OK出したんだ」
「いや、その前に確認したいことがひとつだけあってな」
「何を確認するってのよ?」
「なに、当たり前のことだ」
すでに当たり前だと思っているだけに、確認をしたくなるのだ。
その一歩を踏み出すという行為は、時と場合によってとてつもなく恐ろしいものとなる。
世の中わからないままの方がいい事もある、それでも訊かなければなるまい。
「オカリンまさか、桐生氏のスリーサイズを……抜け駆けは許さないお!」
「あるあ……ねーよ! どうやったらそんな発想が出来るのよこのHENTAI!」
「HENTAIじゃないよ、HENTAI紳士だって前に言ったお!」
「橋田のどこが紳士的なのよっ」
紅莉栖とダルがぎゃあぎゃあと五月蝿く口喧嘩をしているのを見て、やれやれとため息をつく。
と、ケータイから電話の着信音が聞こえた。二人から離れて窓際で画面を確認する。見覚えのない電話番号だ。
「俺だ。指圧師でいいのか?」
通話ボタンを押して耳に当てる。声は返ってこない。ん、何か言っているのか?
「よく聞こえないが桐生萌郁で間違いないか?」
「…………はぃ」
ものすごく元気のない、蚊の鳴くような声だった。
「頑張ったな」
「ぇ……?」
「今、俺とお前は電話をしている。つまりこれは克服可能な苦手ということだ」
「………………」
「苦手なものを克服すればするだけ人は大きく成長できる、世界も広がっていく」
「世界が……広がる……」
「そうだ。指圧師よ、お前が思っているよりずっと世界は広大だぞ?」
さて。本題に入るとしよう。
「……はいかいいえの二択だ。この質問の回答でDメールの件は決める」
電話越しに息を飲む音が聞こえた。また少しだけ萌郁の存在を近く感じられた。
「俺達はお前をラボメン、仲間だと思っている。お前は俺達のことをそう思っているのか?」
「……………………」
長い沈黙。即答できないのであれば迷いがあるという事に他ならない。
「突然こんなことを言われても困るか、すまん」
「そんなこと、ない………………答えは……はい。岡部……んも……まゆり、ちゃんも…………みんな仲、間……」
やばい。当たり前の事なのに安心して、顔まで笑ってしまっている。いかん。いかんぞこれは。
「そうか。ならばラボに来い。実験を行う」
「本当に……いいの?」
「お前はラボメンなのだろう? 参加する権利は充分にある。早く来い」
「…………ッ」
別れの言葉はなく、萌郁との通話は切れた。ケータイをポケットに入れて振り返る。
「……!? な、何だ貴様等!?」
何だこの昨日と同じ状況は。ダルと紅莉栖が俺にキツイ眼差しを浴びせてくる。
「橋田の気持ちが今少し解った気がするわ。何このぶつけようのない怒り」
「牧瀬氏、それがリア充氏ねって気持ちだお。オカリンなら少しくらいぶつけてもきっと大丈夫じゃね」
流石にそのごつい洋書をぶつけられたらただではすまないだろう。60回ヒットとか出来そうな勢いがある。
そうこうしているうちに30分が経ち、控えめなノックと共に指圧師がラボに訪れた。額には汗が煌いている。
ケータイにはまゆりとおそろいの『うーぱ』ストラップがついて、ぷらぷら揺れていた。
「猛暑の中よく来てくれた。これでも飲むといい」
冷蔵庫からキンキンによく冷えたドクペを取り出して、萌郁へ手渡す。
「さっそくで悪いのだが、俺の要望としては過去が変わったかどうか確かめることが出来るよう、シンプルでわかりやすい内容にしてもらいたい」
ケータイを手放す事なく器用にキャップを捻り開けると、指圧師は静かに喉を鳴らす。なんというか、とても扇情的だ。

date:2010 8/5 16:08
from:閃光の指圧師
sub :そのことだけど
----------------------
そのことだけど、ひとつ
ワガママを言わせてほし
い。送るメールの内容は
、内緒にしたいの。 萌

目を逸らすとメールが届いた。何故いちいちメールなのかはもうこの際どうでもいい。
これがこいつのコミュニケーション手段なのだから。と、もう一通来たぞ。

date:2010 8/5 16:08
from:閃光の指圧師
sub :それとこれ
----------------------
喉かわいてたからうれし
かったけど、独特な味わ
いだね。 ちょっと私の
口に合わないかも>< 
萌郁

「なん……だと……?」
この知的飲料ドクターペッパーの良さがわからないなんて事がありえるのか?
何という事――――いや、それよりも。
「何? どうしたのよ?」
「内緒だと? どういうことだ?」

date:2010 8/5 16:09
from:閃光の指圧師
sub :だって…
----------------------
プライベートのことを知
られるのは、恥ずかしい
し…。 萌郁

「いや、そういう問題ではなかろう」
その発想のありえなさに失笑してしまう。何事かと紅莉栖も俺のケータイ画面を横から覗き込んできた。
こいつこそプライバシーというものについて少し考えた方がいい。
「ふーん。なるほど。気持ちはわからなくはないけど、これはあくまで実験だと割り切って、データの収集を優先すべき」
「ほう……珍しく意見が一致したな、助手よ」
「べ、別にあんたに同意した訳じゃない。データを収集しないと、電話レンジの仕組みがいつまで経っても解明できないって思ったからよ」
俺も同じ事を思っていたのだが、それを言ってもまた紅莉栖は否定するだろう。ケータイの画面から指圧師へと視線を移す。
「メールの内容に、プライベートに深く関わることを書けと強制した覚えはない」
紅莉栖が俺の言葉に深く頷く。Dメールは送らせると言ったが、その内容にまで言及した覚えはない。
したのはあくまで権利が有るか無いかという話だけだ。
「……私的な内容はNG?」
「少なくとも、非公開にしたいという話は受け入れられないわ。
 あなたに悪意がなくても、メールの内容次第で時間軸に深刻な影響をもたらすかもしれないんだから。
 第三者にメールを見せて、その内容について問題がないか吟味すべきよ」
「うむ、俺が言いたいことは全て助手が言ってくれた。そして、そうは言いつつも我らは実験を中止するつもりはない!」
「……あんたの意見を代弁したわけじゃないから。勘違いしないで」
いちいち念を押してくる当たりが、生意気なところである。
「そもそも実験においては、プライバシーよりもデータが優先される。被験者になるならその覚悟は必要よ」
まさかこいつ、その覚悟がないからDメールを送りたがらないのではなかろうか。
それ以前に俺の事や他のラボメン含め、あらゆるものをデータとして見ているだけだとするならば、
人のケータイを勝手に覗き込むといったプライバシー無視の行動にも説明がつく。
…………そこまで紅莉栖は冷たくはないか。
「さっきもお前も言っただろう。俺達はラボメンだ。仲間を信用してもらわないと困る。
 プライベートな要件は後日にしてもらおう。
 もしできないと言うのならば……お前に、見せてやらねばならなくなる。この俺、鳳凰院凶真の中に眠る、禍々しき狂気の力をな……!」
萌郁はメールを打つのに集中していて、俺の脅しは聞こえていないようだった。
そして間を置かずに予想通り、メールが来た。今度は送信メールを参考にしたいだと?
「ふむ、ええと、着信履歴ならあるぞ」
これは一昨日萌郁も一緒に確認したはずだ。念の為、という事だろうか。
「……送信履歴は?」
「ない、というと語弊があるな。送信履歴は消えてしまうのだ」
タイターの言うアトラクタフィールド理論によれば、過去が変われば未来も同時に変わる。
過去の変化によって未来が変わればその事実も消えてしまう、といったところだろう。
もし未来が変わらないのなら、逆に過去も変わっていない事になる。
メールがまた届く。納得してくれたようだ。紅莉栖にもそれを確認させる。
「んじゃあさ、どんな内容送るん? そもそもオカリンの言う簡単でわかりやすい過去改変って、ハードル高杉」
「何を言う。お前達のレベルが低すぎるだけではないか」
ダルの言う言い分はもっともだが、ここはあえて否定する。
「案は、ある」
萌郁がぽつりと呟いた。
「ほう? これは期待できそうだな。具体的な説明を頼む」
その指捌きはまさに高速。閃光の指圧師(シャイニングフィンガー)桐生萌郁の本領発揮だ。

date:2010 8/5 16:20
from:閃光の指圧師
sub :案は
----------------------
5日ぐらい前に、ケータ
イ電話を機種変したの。
でもしばらく使ってみて
、やっぱり変えない方が
よかったって思い始めて
いて。だからDメールで
、5日前の私に、機種変
はするなって送ろうと思
うの。そうしたら、持っ
ているケータイが変化す
るんじゃないかな? 萌

「閃光の指圧師(シャイニングフィンガー)は実に有能だな! まさにラボメンの鑑!」
この案ならば過去が変わったかどうか簡単に見極める事が出来る。ケータイを常に使用している萌郁なら、行動が変わる可能性も充分だろう。
ダルと紅莉栖もこの優秀な案に異論はないようだった。
萌郁のケータイは派手なパープルのもの、最近スイーツ(笑)の間で流行っているデコ電も施されてはいない。
装飾と言えるものはまゆりとお揃いにしたという『うーぱ』のストラップだけだ。
「おっ、それって先月出たばっかの『GG01』じゃん」
「なんだそれは?」
「最新機種だよ。確か液晶部分が着脱式で、いろんなバリエーションのアタッチメントを選べるんだよね。
 今、品薄でどこ行っても入荷待ちだけど、よく手に入ったなあ」
興奮気味で解説するダルにちょっと引いてしまう。こいつは機械にも萌えられるのを忘れていた。
「………………」
それだけ人気の最新機種が気に入らないとは。四六時中ケータイを弄繰り回している人間は、やはり機種にもこだわりがあるようだ。
指圧師が作成した文章を紅莉栖と俺で確認する。

『最新機種は、』『操作に難有り』『機種変更中止』

実に解りやすい文章である。操作に難有り、か。
その割には恐ろしい速さで文字入力していたのだが、それ以外のところに問題があるのだろうか。
送信先の時間は126時間前に設定、これで7月31日の午前中に届くはずだ。
過去改変が成功した暁には、指圧師のケータイがこの紫色から別の色、形へと変わるだろう。
「…………」
画面の確認は終わり、萌郁のケータイが俺の目の前から離れていく。何も問題はない。

――――本当に?心からそう思ってるのか?そう思い込もうとしてないか?

振り払ったはずの不安がここに来てまたぶりかえす。俺はこんなに人を信じられない人間だったのか?
おまけにタイターの言葉までが俺を責める。萌郁が人を殺す? ハッ、それこそ馬鹿な話だ。ありえない。
そんな日常は俺が認めない。それ以前にこの実験を止める訳にはいかないのだ。続けなければ到達できない場所がある。
「準備できたお」
ダルがx68000の前から振り返る。時間はただ前へと進んでいき過去へ遡る事は許されない。だから後悔などをしてしまうのだ。
あの時ああしていれば、こっちを選んでいれば、それは決して先には出来ない。

「――――では、ケータイを貸せ」

衝動的に、口がそんな言葉を吐いていた。
「え?」
「え?」
「え?」
三者三様に驚いた表情。その顔を見て自分が何を言ったのかを思い出すと同時に、自分自身に怒りを覚える。
なんだ、俺がそうだと思ってないではないか。疑心暗鬼に陥り一瞬でも信じきれなくなった弱い自分に苛立つ。
一度でも形にしてしまった言葉は取り消す事も不可能だ。これで俺も引き下がれなくなってしまった。
「何を間の抜けた顔をしている。これは検証実験なのだから、新しいことをしてデータを増やすのが目的だろう?
 指圧師よ、早くそのケータイを貸すのだ」
「……どうして」
ケータイを抱きしめて離すまいとするその姿は、子供が駄々をこねているかのようだ。
それほどまでに指圧師にとってケータイは特別なものなのだろう。
「送信する内容はお前が選択した、送信先もお前だ。お前が望んだ内容のDメールは送信される。何の問題があるのだ?」
「………………」
「それにだ、過去の自分宛に今の自分がDメールを送信する実験はもう何度か済ませている。
 だが、他人のケータイを使ってのDメール送信、つまり送信者が変わる場合はまだ試していない」
そのメールを受け取る過去の指圧師は、きっと未来の自分から送られたと思うだろう。故にこの提案の意味はほとんどない。
取って付けたような幼稚な建前でも押し切らねばならない。
「盲点だったわ。そこはやってみる価値ありね」
思わぬ助け舟に俺が驚いた。
「テストメールとはいえ私のケータイから過去の岡部へ送ったこともあるし、あとやってないのはそれくらいだわ」
「そうだろう? この鳳凰院凶真のひらめきの前には天才少女も屈するほどなのだ、さあケータイを貸すのだ指圧師よっ」
「誰も屈してないから」
「嫌……」
ますます頑なに拒否を全身で表す指圧師、眉間にもしわが寄っていた。
驚きというのはバースト的な感情で一瞬だけ大きく閾値を超えてすぐ元に戻る。
普段何を考えているかわからないほどのポーカーフェイスを誇る萌郁でも、はっきりと変化が判る感情だ。
そんな彼女が驚き以外でずっと感情の乗った表情を維持しているのは、相当な事なのだろう。
たかがケータイひとつにどれほどのこだわりがあるというのか。理解できない。
「俺が嫌ならば紅莉栖でも「お断りよ」
「ではダルならばどうだ?」
「…………」
萌郁は数秒ダルと目を合わせ、顔を背けてしまった。どうも嫌らしい。
「むはっ、そのアンニュイな表情も萌える! セクシーな桐生氏の手垢に塗れたケータイを触れるとか興奮しない方がおかしいだろ常考。
 ペロペロしても構いませんね?」
「~~~~~~ッ」
萌郁の表情が嫌悪から恐怖に塗り換わり、激しく首を横に振っている。その気持ちは解らんでもない。
どうやったらここまで堂々とセクハラが出来るのか。
本人を目の前にしてそういう事が言えるダルの図太さは時々羨ましい……事など微塵もない。
「このアホダル!」「何でもかんでもHENTAI行為に結びつけるな!」
これでは前に進まない。話は俺も予定していなかかった方向に流れてはいるが、まだなんとか調整はきく。
「指圧師よ、貸すのが駄目なら送信ボタンを押させてくれ。お前はそれを支えていればいい」
最大限の譲歩。これで無理なら別の方法を考えるしかないだろう。萌郁はこちらの方は見ずにケータイの画面をじっと見詰めている。
こいつにとってケータイは、他人に触らせたくないほどに本当に大切なもののようだ。
最早依存症レベルではなかろうか。そう考えると意味合いが少し変わってくるな。

date:2010 8/5 16:20
from:閃光の指圧師
sub :わかった
----------------------
岡部君が押すのならいい
。触っていいのは送信ボ
タン一つだけだからね!
 絶対だよ! 萌郁

「俺でいいんだな?」
「…………」
指圧師は静かに、しかししっかりと頷いた。これで話は全てまとまった。
そうだ、実験をすると一応まゆりにも伝えておこう。バイト中だからメールにしておくか。

date:2010 8/5 16:23
to :まゆり
sub :Re:Dメール
----------------------
萌郁のケータイでこれか
ら送ることになった。内
容は萌郁のケータイを変
更するものだ。結果はま
ゆりがラボに戻った時に
でも話してやろう。

おかしなメールを送ってしまったが、まあいい。ダルは先ほどからずっとスタンバイ状態だ。
紅莉栖も待ちきれないのか刺すような視線を浴びせてくる。どれだけ実験が好きなんだこの女は。
「ブラウン店長になんか言われたらどうするん?」
うむ、ダルの言う事はもっともな心配ではある。
「フゥーハハハ! 大丈夫だ、この実験は失敗しない。もし仮に失敗したとしてヤツが怒鳴り込んできても、俺が蹴散らしてやる!」
「マジで? オカリン、かっけー。そこにシビれる憧れる!」
「実は口だけだったりするんでしょ」
あえて反論しなかった。軽く咳払いをしてすぐ横に立ち萌郁の顔色を窺う。やはり表情は読めない。
ケータイの画面には先程の18文字が並んでいる。メールアドレスにも間違いはない。
萌郁は右手でケータイを持っているので、左手で押す事にする。
「ッ!」
俺の手が触れた瞬間、彼女が体をビクッとさせた。何を今更驚く必要があるのだ?
「ちょ、どさくさに紛れてあんた何してんのよ!」
「そんな二人で初めての共同作業的なことが許されると思ってんのかオカリン!」
「こうしなければ押しづらい、当然の帰結だ。指圧師も文句を言ってない」
萌郁のケータイは彼女の右手と俺の左手でしっかりと支えられている。これなら間違って違うボタンを押してしまう事もない。
「…………」
改めて萌郁の顔を見る……特に何も言っていない。俺の方には一度も向かず、手元のケータイをじっと見ている。
「では改めて。電話レンジ(仮)、起動!」
放電が始まる前にダルがいそいそと電話レンジ(仮)から離れる。カウントダウンが始まった。
ごくりと唾を飲む。緊張が高まっていく。ケータイを握っている手に無意識に力が入っていて、萌郁の手の柔らかさを意識してしまう。
心臓の鼓動が早い。これが不安によるものなのか、期待によるものなのかは判らない。カウントダウンは進む、時間は戻らない。
放電するまでには多少の時間がかかる、それでもものの15秒少々だ。
「来たぞ……!」
カウントダウン開始から17秒、電話レンジ(仮)から放電が起こり室内が明滅して電気の弾ける音が満ちていく。
「よし、いく――――ぐはッッ!?」
腹部に突然、激痛が走った。肘……だと……!? いいところに入ったのか一瞬目の前が暗くなる。
俯いた萌郁の顔は、見えない。
「……ッ!」
ケータイが上へ引き上げられ、引き抜かれる前に何とか掴む。掴んだのは画面、萌郁の指が高速で動いているのが視界の端に見えた。

マズイ。止められない。間に合わない。

直感的に俺は――――
「フンッ!!」
ケータイを折れてはいけない方向へ捻っていた。パキィ、という音と共にケータイが、上下二つに分離する。
「――――ッ! キャァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!」
状況を理解するまでに一瞬の間を置いて、指圧師が絶叫した。表情が、変わる。
恐ろしい形相で俺を睨みつけるやいなや手を伸ばしてきた。
「返せ……!」
地獄の底から上がる亡者の唸り声のような、凄味のある声に背筋が凍る。
怖い、これほどの恐怖を俺は今まで感じた記憶がない。それでも、これを萌郁に渡したら全てが終わる気がした。
ケータイの液晶部分を握った左手を後ろに隠し、電話レンジ(仮)の置いてある机の奥側に回る。
「ダル! 紅莉栖! 捕まえろ!!」
萌郁の視線が俺から外れる。電話レンジ(仮)はまだ動いていて部屋の中は青白い光が四方八方に迸っている。
渡せば終わる。きっと、多分全部が終わってしまう。
「え?え?」「何? 何が起こってんの!?」
ダルと紅莉栖は突然の状況の変化に追いつけていない。萌郁が俺に向かって駆け出す、くそ、無理か。俺にはもう逃げ場がない。
――――その時、かつん、と足に何かが当たった。
「おおおおおおおおおおおっ!!」
放電現象は止まり、x68000のモニタも、電話レンジ(仮)も同時に沈黙する。萌郁の顔に一瞬戸惑いが走る。
タコ足配線されたテーブルタップ、それを根元から引っこ抜いたのだ。まさに強制終了、これでDメールは送信できない。
俺からケータイ画面を取り戻したところで、再起動までには相応の時間がかかる。
「逃がすな! 捕まえるぞ!」
立場が逆転する。萌郁は一瞬悲しそうな顔を見せてから、唇を切るほどに噛み締めて俺を凝視し、ラボの入り口へ走り出した。
「こらー! またなんかぐ「そいつを捕まえろ!!」
バン、とドアを開け放って萌郁の姿が消える。その後をすぐさま追いかける――――までもなかった。
通路に出、階段を降りようとしてすぐ、鈴羽と目があった。肩に萌郁を担ぐような格好で、静かに俺を見詰めている。
鈴羽がまたあの眼をしている、強いて言うのならば戦士の眼だろうか。表情を殺した猟犬のような眼差し。
だから言ったのに、そう責められていると感じてしまうともう止まらない。罪悪感が溢れ返り体が動かなくなる。
「はい、どうぞ」
萌郁を物のように渡されて、成り行き任せに受け止める。彼女はぐったりとしていて、気を失っているようだった。
ケータイは握り締めたままだ。揺れているストラップを見て、まゆりの笑顔が頭に浮かんだ。
萌郁は、重い。この重さはただ単純に物理的なものだけではない。
「安静にしてれば2、3時間は目が覚めないから」
「あ、ああ……」
「じゃあバイトに戻るね、長居しても店長に怪しまれるし」
用件は済んだとばかりに鈴羽は俺に背を向けて階段を下りていく。
「聞か、ないのか?」
鈴羽の足が止まり、振り返った。
「聞いてどうするの?」
「…………」
答えられない。鈴羽が危惧したままの結果になってしまった。これは現実で目の背けようもない。
俺は、彼女に“本当はドッキリでしたー☆”なんて冗談めいた事でも言ってほしかったのだろうか。
そんな現実逃避、何の解決にもならないのに。
「平和な時代だからさ、“そういうこと”には困るよね。でも必要なら言ってよ」
鈴羽は階段入り口の角を曲がり終えるまで、俺と視線を合わせたままだった。
彼女は具体的に言わなかった。それでもこの状況から“そういうこと”が何を指すのかすぐに見当は付く。
俺の為か? それとも誰の為なら自らそんな選択を選べる?
「ゴキブリが出たんだってさー。“大山鳴動して虫一匹”ってヤツ? あはは……」
鈴羽の妙に明るい声が遠ざかっていく。カランカランと工房のドアの閉じる音が小さく聞こえた。
「岡部? 萌「戻るから黙っててくれ」
今度は後ろからだ。心に余裕がなく、つい冷たく当たってしまう。振り向くと紅莉栖が怯えているように見えた。
それでまた自分に怒りがわいてくる。くそ。糞、クソ。クソッタレな現実め。空いた左手で、壁を殴りつけた。
ラボの中に入り気絶した萌郁をソファにゆっくりと横たえる。顔をよく見れば眼の下にくまがある。
あまり眠っていないのだろう。色白の腕に浮かぶ青白い血管が、ひどく病的に見えた。
確認しなければならない。萌郁の右手はケータイ電話をきつく握り込んでいて、そのまま引っ張っても抜けてくれなかった。
やむなく指を一本一本剥がし、それでやっと彼女とケータイとを分離する事に成功する。
無理矢理折ったにしては断面が鮮やかだった、というよりも断面はよく見れば端子になっている。
液晶画面の方をポケットから取り出して二つを比較してみる、どうやら留め具が壊れただけで済んだようだ。
液晶部分が着脱式で交換可能、だったか。ダルのそんな説明を思い出す。だから萌郁は取り返そうとしたのだ。
あの直後はまだ100秒以上残っていたはずから、電源を入れ直して再送信も出来ただろう。
萌郁のケータイの裏蓋を開けて電池を抜き、それから液晶部分を繋いで電池を戻し蓋を閉める。
電源ボタンを長押しするとしばらくして画面が浮かび上がった。壊れてないようだ。
メールマークのボタンを押し、送信トレイを確認する。未送信メールが一通、保存されていた。

『レトロPCは柳林神社で引渡、はりこみ』

内容を見て愕然とする。これで決定打。あの短い時間でここまで入れたのか。これはもう賞賛に値するレベル、まさに閃光の如し。
「ク、ククク……ハハハ……」
ため息どころか自分が情けなくて笑いがこみ上げる。駄目だ、もう駄目すぎてどうしようもない。
「他人のケータイ覗き見て何笑ってんのよ。気持ち悪い」
紅莉栖から声をかけられたが、お前が言えた義理かと冗談を返す余裕もない。
続きだ、受信フォルダへ画面を切り替える。

FB
FB
FB
FB
FB
FB
FB
FB
FB
FB
FB
FB
FB
FB
FB
FB
FB
FB
FB
FB
FB
FB
FB
FB

“FB”――――その単語には聞き覚えがあった。保存されている受信件数は1000を遥かに超えている。その圧倒的な量にぞっとした。
ざっと何ページかスクロールしてみたが、全てがFBからのもの。ここ最近になってようやくまゆりと俺の名前が出てきたぐらいだ。
このFBとやらと話をするために、ケータイを常時握っていたのだろうか。一通一通の内容も長い。
お母さん? こいつの母親なのだろうか? メールの内容からでは親しさしかわからない。
さらに何通か開けて斜め読みしていくと――――嫌な現実に、直面した。

"SERN”

その単語が意味するものなど想像するまでもない。全身の力が抜けていく。
世界を欺き、タイムマシンで全時空を手に入れんと画策する闇の機関、俺達が出し抜こうとしている敵の名だ。
萌郁は都市伝説の記事作成上、どうしてもIBN5100を欲しくてあんなDメールを送信しようとしたのではない。
SERNの最深部にそれによって構築されたデータベースがある、その秘密保持の為に回収しようとしたのだ。

桐生萌郁は、SERNのスパイだ。

目の前の全てが崩れ去ろうとしている、その最初の一欠片がカラカラと音を立てて奈落の底へと転がり落ちていく。
次第にひびが広がって、ミシミシと軋みをあげて、未来がもう見通せない。
「ちょっといつまで勝手に、しかも女性のケータイ見てるのよ、貸しなさい!」
「……! うわ!? 離せッ!」
紅莉栖に肩を掴まれて現実に引き戻される。反射的にその拘束を振り解こうと体を捻った。
「きゃっ! ぁいたたた……」
「あ……」
ただちょっと押し退けるつもりだったのに、紅莉栖をこかせてしまう。腰を押さえている紅莉栖と目が合う、彼女は怒っていた。
その眼光の鋭さに、失われていた理性が少しだけ働きを取り戻す。
紅莉栖に、ダルにもこれを見せるわけには行かない。絶対に見せられない。一旦萌郁のケータイを閉じる。
だがこんな現実は初めてで、なにがなんだか解からない。どうする?俺はどうすればいい?
気が狂いそうになる。時間的にも余裕がない。最悪な方向にしか頭が回らなくて、打開策の一つも浮かばない。
どうしてこんな事になった?俺が悪いのか?これが運命だとでも言うのか?こんな所で俺の人生は終わるのか?仲間はどうなる?
「何を見たの」
「オカリン顔色悪すぎだろ」
二人が俺の顔を覗き込んでくる。見るな、そんな眼で俺を見ないでくれ。祈っても目を閉じても俺が見たものは否定しようもない。
大きくため息を吐く。決断、しなければならない。桐生萌郁を仲間にしたのは俺の責任だ。だから、しなければならない。
これは俺の、責任。俺が、なんとかしなければならない。
故にこの誰にもぶつけようの無い怒りも、この腹に全て呑み込んで吐き出す事は許されない。
「岡部?」
紅莉栖から普段なら謝れと凄んでくるところを、とても心配そうな顔で見られている。こいつはいつも俺に酷く当たってきた。
でもそれはきっと彼女なりの誠意の表れで、俺もそれをどこかでわかっているから憎まれ口を叩きつつも、嫌いにはなれないのだ。
自らの好奇心に貪欲で、知識の豊富さにはこの俺も一目置かざるを得ないほどだ。
実験中の彼女はとてもひたむきで、生き生きとしていて、ふっと目を奪われている事もあった。

紅莉栖には――――ずっと輝いていて欲しい。

「オカリンほんとどしたん?」
ダルの方を見る。相変わらず間の抜けた顔をしている。大きなお腹は滑稽でいて好ましい。
お前のHENTAI紳士などというあだ名には不釣合いな程のスキルの高さがあったから、数々の未来ガジェットを生み出せた。

そう――――ダルが居たから、ラボはもっと面白くなった。

まゆり言うに及ばず、ここには居ないルカ子もフェイリスも俺にとってかけがえのない仲間だ。
彼等の日常が壊れていく、そんな事を認めてはならない。未来を諦めてはいけない。今がその分岐点、選択は決して誤れない。
でもどうすればいい? 鈴羽に頼むのか? あいつ一人を汚れ役にして俺は、俺達は安穏と生きていけるのか?
どうせ9日になれば別れが待っている。馬鹿か……自分に好意を抱いてる人間を、道具のように使えるわけがないだろう…………!
それに先に手を出せばSERNだって黙ってはいない、確実にラボは崩壊する。一巻の終わりだ。
俺には何が出来る?俺はどうしたい?俺は――――
「岡部!」
顔を無理矢理引き起こされた。目の前に、紅莉栖の顔がある。
「何を見たの。桐生さんが自分勝手なメールを送ろうとしたことぐらいすぐに判る。その上であんたに訊いている。
 彼女は何をしようとしたの?」
“萌郁さん”ではなく“桐生さん”と紅莉栖は表現した。それは壁であり、裏切りを認めたという事。
すでに内側からも崩壊が始まりかけている。もう終わってしまうのか。悔しさに瞼を閉じる。
絶望に、俺の心が埋まろうとしているその時――――聞き慣れないメロディが響いた。
萌郁のケータイだ。『うーぱ』のマスコットがきらきらと輝いている。

date:2010 8/5 15:44
from:椎名まゆり
sub :新しいケータイ
----------------------
トゥットゥルー☆ バイ
トが終わったらラボに行
くから見せてね。あ、D
メールでケータイ変わる
とまゆしぃとお喋りした
事も消えちゃうのかな?
 もしそうだとちょっと
悲しいね。 そうそう、
オカリンが萌郁さんから
どう思われてるか気にし
てたから伝えておいたよ
。これでもう少し優しく
なるんじゃないかな。 
まゆしぃ☆

思わず泣きそうになって、何とか堪えた。まゆりは何も知らない。あいつが知ればきっと悲しむ。
友達に裏切られたと知ったら、あいつは深く傷つくだろう。きっと萌郁の為に涙も流す。
そんなまゆりを見るわけにはいかない。あいつを守るのはずっと昔から俺の役目だったじゃないか。
まだ終わった訳じゃない、本当に屈してしまうには早すぎる。ではどうすべきか。どうするのか。
「決まってるだろう……」
立ち上がり、天井を仰ぎ目を閉じる。そしてもう一度、最初から考える。
「岡部?」
「もう少しだけ静かにしててくれ」
俺に出来る事は、これしかない。萌郁のケータイの送信済みメールを参照する。
最新のものから逆順に、萌郁をラボメンに加えた時まで全てを網羅する。
…………ない。Dメールの話は一度たりともでてこない! 俺は、一縷の希望を掴んだのを確信した。
FB、SERNの関係者であろうそいつ宛のメールに、一切その単語は出てこなかった。タイムマシンの欠片もない。
おそらくまだあのメールを見ても信じられなかったか、もしくは手柄を自分だけのものにしたかった。そういう事だろうか。
今の心情的には信じ難いが俺との約束を守っていたという可能性もある。勝算は、ある。
SERNへのハッキングについて萌郁の前で話すのを躊躇ったのも、今となっては必然だったとさえ思えてくる。
萌郁のケータイの電源を切り、閉じてポケットにしまう。自分のケータイも同様に電源を切った。
「ダル、そして紅莉栖よ。これから言うことをよく聞け」
俺は二人へと向き直り、そう話を切り出した。
「……え? 今、私のこと名前で呼ばなかった?」
「何かヤバイこと考えてね、オカリン?」
こいつらには話さない。俺が全てを抱え、持っていく。全てなかったことにしてみせる。
もう決めた。ならば後は真っ直ぐに、そこに向かって全力を尽くすだけだ。
「俺はしばらくラボを留守にする。桐生萌郁の処分についても一任させてもらう。
 更に俺が戻るまでの間、電話レンジ(仮)の使用並びにDメール検証実験については禁止、凍結とする。
 派手なことは決してするな」
「そんな勝手「異論は認めない。
 同時にこの凍結期間中に二人に頼みたいこともある。まずはダル」
ダルは俺と目が合うと、ピシッと背筋を伸ばした。珍しく空気を読んでくれたようだ。
「お前にはIBN5100の操作とSERNの全権掌握を最優先で頼みたい。早ければ早いほど助かる。頼めるか?」
「マジで?」
「大マジだ。俺が留守の間まゆりと紅莉栖を、ラボを守れるのはお前しかいない」
「おk! 任されたお。オカリンも無茶だけはすんなよ」
サムアップしてくるダルは、普段とは一味違い、とても頼もしい漢の顔をしていた。
「橋田がそんな物分りいいなんて、空気読めてないわよ」
「そして紅莉栖よ」
「ひゃ!? ひゃい!」
名前で呼ばれ慣れていない所為か紅莉栖が妙な返事をしたが、それに構ってなどいられない。
「お前にはリフターの捜索及び電話レンジ(仮)の動作の解明を頼む。SERNの資料が必要ならダルに頼め。
 これはお前にしかできない重要な任務だ。できるな?」
「きゅ、急に名前で呼んだりするしどうしたのよ? 何一人で盛り上がっちゃってるのよ、ねえ?
 言いなさいよ! 説明も無しにそんなこと言われても納得できない」
答えない代わりに、まゆりにそうする時のようにそっと、頭を撫でてみた。すぐさま手が叩き落とされる。
「……誤魔化されないわよ」
「頼む」
深々と頭を下げてお願いをする。これが俺に出来る最大の誠意。
「ケータイの中に、そんなヤバイものでもあったの?」
「ここは牧瀬氏の方が空気読んだ方がいいお。オカリンがここまでマジになってるの今まで見たことないし。
 こうなったら梃子でも動かないだろ常考」
「………………もう、わかったわかった。私の負けでいいわ。言われるまでもなくもうしてるし、専念してあげるわよ」
ありがとう、ダル。すまない、紅莉栖。
「恩にきる」
頭を上げて二人の顔を見る。俺は何も二人に伝えていない。それでもこうして信じてくれている。
それがどれほどありがたい事なのか、今、改めて知る。そして改めて誓う。誰一人として俺は、仲間を犠牲にしない。
「ダルよ、ケータイを貸せ」
「いいけど、何するん?」
「バイト戦士の連絡先だ。俺がいない間に万が一のことがあった場合、助けを呼べ。きっと何とかしてくれる。
 無論それ以外で呼びつけても構わん。俺がラボを出て行ったら後で一度連絡しておけ」
ダルのケータイに鈴羽のメールアドレスと電話番号を登録してから本人へ返す。鈴羽ならば最悪の事態は避けてくれるだろう。
仮にSERNの襲撃を受けたとしても、あの戦闘力があればきっとなんとかなるという確信があった。
そうならない事を切に祈ってはいるが、この状況ではどうなるかわからない。
「では行ってくる。後のことは頼んだ」


  • 最終更新:2019-03-04 17:14:59

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