replay12

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程なくして二人が帰り、一人ラボに残った俺は鈴羽へ連絡を取ろうと電話番号を呼び出していた。
この世界線の彼女はケータイを持っているらしい。ほんの少しだけリッチなのだろう。
そしてそれは俺が元の世界線に戻れた訳ではない事を証明している。登録名はこの世界でも『バイト戦士』になっている。
ネーミングセンスはどこの世界線の俺も同じらしい。この厨二病めと見知らぬ俺を鼻で笑う。
そしていつものように通話ボタンを押そうとして…………指が止まった。

――――もし、かからなかったら。

「すでにトラウマだな……」
こんな些細な、日常的ななんでもない動作が恐怖の対象になってしまう。気持ちを入れ直して指を動かす。今度はしっかりと押せた。
電話をかける前までの緊張感のなさがまるで嘘、コールが始まるまでの空白時間にも目をぎゅっとつぶりたくなる。
耐え難い衝動を気力で押し切り、彼女が応答するのを静かに待つ。
「うぃーっす。こんな時間に珍しいね、どしたの?」
「…………っ」
繋がった! 声を聞いた途端、あらゆる感情が溢れて、わけもわからず急に泣きそうになり、慌てて口元を押さえた。
「ん? もしもーし、岡部倫太郎?」
「…………ああ、すまん」
通話口を押さえてゆっくりと何度か深呼吸をして、それから一言謝りを入れた。
彼女の声を実際に聞いて、本当に戻ってこれたのだと身をもって確信したのだろう。なんとか落ち着いてきた。
「大丈夫?」
「ああ、問題ない。ちょっとむせただけだ」
「ならいいけど。で、何? もしかしてあたしの声でも急に聞きたくなったとか?」
「そうだな。当たらずと言えども遠からずか」
「そっかそっか……って。え? あたしからかわれてる?」
「からかう必要がどこにあるというのだ」
「いやー、珍しくストレートな物言いだったから素直に受け取っていいものかと」
「意味がわからん」
「あたしもだよ」
俺が話す事は全て真実だと言うのにそれがわからんとは。こっちの方が混乱してしまうではないか。
だいたい人が素直に……とは言えないかもしれないが、それなりの好意を示しているのにジョークで済まそうとする思考は改めて欲しいものだ。
まあいい。話すべき事をまずは話そう。
「『シュタインズゲート』への道筋が全て定まった」
「…………え?それほんと!?どうやって?ちょっと詳しく!」
予想通りに喰い付きが違う。
「焦るなバイト戦士」
「落ち着いてなんかいられないよ。何の情報も無いって昨日も話してたのに、この数時間で何があったの!?」
鈴羽にとってはたったの数時間。だが俺にとってはその数時間に届くまでがどれほど濃密で、永い時間だったのだろうか。
「数時間あれば幾らでも世界は変わる。とにかく。これでやっとお前の望む世界へ辿り着ける算段がついたのだ。
 素直に喜んでほしいものだな」
「…………また無茶なこと、したの?」
鈴羽が急上昇したテンションとは何故か真逆方向のトーンの低い声で問いかけてきた。
「また、とは……?」
「わからないならいい」
と思えば今度は突き放すかのように冷たく。なんだ、拗ねているのか? わけがわからんぞ。
「何を怒っているのだ?」
「べっつにー。岡部倫太郎がそういう人間なのはもう判ってるし。言ったってどうせやめないしね」
「どういう意味だそれは」
「わからないならいい」
「…………」
何と返したものかと思案してしまい、言葉が出てこなくなる。本当に拗ねているようだ。何が気に食わないのか全然わからん。
鈴羽はもう少しわかりやすい奴だったような記憶があるような無いような。世界線の違いによるものなのだろうか。
意思伝達の手段が変わると性格が変わる――萌郁のような――人間も居るし彼女もそれに該当するのかもしれない。
「決行は? いつにするの?」
「今日の正午だ。それまでにラジ館屋上に待機しておけ」
「オーキードーキー」
それからもう少しだけ言葉を交わして、鈴羽との通話を終えた。
ケータイをしまいつつ時計を一瞥、冷蔵庫から飲みかけのドクペを取り出す。
「……ふぅ」
元気を分けてもらった。そんな感じがする。ふと笑みを浮かべてしまっている自分に気付く。まだ終わっていないと言うのに。
やれやれと独り、かぶりを振る。少し夜風に当たるとしよう。窓を開けて空でも眺めていればその内――――
「こんばんニャ」
ほら、やってきた。
「待ってたぞフェイリス。さっさと上がってくるがいい」
「ニャニャ!?」
「何故構えを取る」
荒ぶる鷹のポーズ……ではなく猫のポーズと言ったところか。
こんな真夜中に唐突に現れたのを見ても、見慣れない高級車を見ても俺が動じなかったからに違いない。
誰の目にも判るほどに混乱しているフェイリスは初めて見たかもしれない。
奇襲攻撃のつもりが待ち伏せされていたとあってはクロスカウンターもいいところだろう。
“勝てる気がしない”女にひと泡吹かせる事に成功し、俺は確かな高揚感を覚えた。
「なんかいつもの凶真じゃないような気がするニャ」
ここからでは距離がある所為でうまく“読めない”のだろう、ぬぐぐぐぐと悔しそうにフェイリスが眉をひそめる。
それを不敵に笑って横に流し、何も言わずに窓を閉じる。駆け上がってくる足音に合せてドアを開ける。
「凶真覚悟ニャッ!!」
途端に全力でダイブしてくる彼女を――いつもなら避ける所だが――がっしりと全身で受け止めてみた。
「フニャァア!?」
「っと……」
彼女が上げた情けない声に笑う暇もなく、勢いを殺すためにくるくると。
部屋の奥へと移動しつつ、それはもう映画でのワンシーンのように鮮やかに、と言わないまでも3回転4回転。
存外に回るものだと他人事のように思っている内にスピードも落ちて緩やかに停止した。
腕の中に居るフェイリスはやっぱり小さくて、壊れてしまいそうなくらい華奢で、女の子なんだなと当たり前を改めて感じる。
「こ、今宵の凶真なんか変ニャ……フェイリスがここまでしてやられるニャんてありえないのニャ……」
顔を赤くした彼女が腕の中から俺を見上げ口惜しそうに呟く。自然と上目遣いになって……むう。
「フ、ならば俺の眼でもよく覗き込んでみたらどうだ?」
にやりと笑い挑発すると、フェイリスは敏感に反応して真顔になる。
「どうしてそれを知ってるのニャ?」
「今やあのアカシックレコードさえ俺の手中にあるというのに、知らないはずがないだろう?」
ただし読めるのは3日先の未来までという限定的な条件付きではあるがな。
「誤魔化さないで欲しいニャ」
「俺がこれをネタにお前を脅迫するとでも思ってるのか? ノー、これは思っていない」
「なん「アカシックレコードなんていつもの厨二病じゃないのって思っている? これはイエス、だがただの現実逃避だな」
「では話題を変えようか、こんな時間にわざわざ来たのは他のラボメンに聞かれたくない話があるからか?……イエスだな」
「………………」
ああ、確かにこの反応はそそるな。嗜虐心というか優越感というかいけない世界が開いてしまいそうな気がする。
フェイリスの猫かぶりが剥がれたら感情丸出しの少女が出てきたが、彼女はどんな事を思っていたのだろうな。
「おっと。俺にそんな大した力はないぞ。嘘でないのは判っているな? イエス、と」
腕の中でかすかに震えるフェイリスに更に追い討ちをかけたら、両腕で強く突き放された。鳩尾に入って苦しかったが何とか耐え抜く。
怯えとも困惑ともとれるような眼差しを向けらたので、これ見よがしに肩をすくめてやった。俺もきっとこんな顔をしていたのだろうな。
「なんで…………どうして……」
「その疑問が出るのなら、お前の『チェシャ猫の微笑(チェシャ・ブレイク)』も完全ではないな」
どんな事を思っているとか感じているくらいまでなら判るのだろう、しかしそうなっている理由までは判らないのだ。
故に、特定するには具体的な質問をぶつけて新たな反応を引き出す必要がある。
的確な質問を導くにはそれなりの洞察力も必要なのは言うまでもない。彼女はそれを情報量で補強していた。
女の勘とやらも働いたのかもしれない。
「あなた……誰なの?」
いつものニャンニャン語がなりを潜める。床に落ちた猫耳、やはりフェイリスの本体はあれなのではないだろうか。
「解っているはずだぞ秋葉留未穂。俺は岡部倫太郎、そして鳳凰院凶真以外の誰でもない」
「…………でも違う。あなたは“凶真”でも“岡部さん”でもない」
フェイリスは解っているが故の否定を呟く。
「ふむ。では言葉遊びに付き合ってやろう……と言いたいところだが、この世界には俺以外の俺は居ない。
 唯一にして無二、そして孤高。故に俺は狂気のマッドサイエンティスト足りえるのだ」
「また世界を“変えた”の?」
「イエス、とわざわざ答える必要はないな」
「また……“変える”の?」
「どうしてなんて野暮な質問はするな、それも解っているだろう?」
「…………」
「人間は感情の動物だからな、頭では解っていてもどうしようもないことはある」
「そんなセリフが聞きたかったんじゃない!! 私は! 私は――――」
フェイリスはそれより先の言葉を失う。感情の猛りが彼女全身から迸っている。
感情と言葉が結びつかなくてもどかしいのだろう、ひたすらに視線で強く訴えてくる。
解ってるさ、お前が言いたい事は解っているつもりだ。
「全ては俺の責任だ。だからこれは犠牲ではなく贖いであり、他の誰にも背負わせてはいけない」
「岡部さん……」
「お前に許してくれとも言えない。お前達が不幸になる未来など認めてやるものか」
しかし想像していた以上にその壁は高く俺は激しく打ちのめされた。ここまでの道のりとて決して安易でなかった事を知っている。
この先に待つ『シュタインズゲート』、そこへ至る道のりも判明したが、一筋縄でいくものとは思えない。
「なに、全ては俺に任せておけ……なんて言えれば楽なんだがな」
あの時吐けなかった弱音をほんの少しだけ吐き出す。
「じゃあやめればいい、他の人に任せてもいいじゃない。あんな未来が待つとしてもそれまでを精一杯、悔いなく生きれば……」
そう言ってもらえるだけで充分だ。ほんの少しだけ、楽になれた気がする。
「悔いはすでにあるんだフェイリス。だから俺が止まることはない」
また心が折れるかもしれない、それでも、折れた破片を杖にしてでも進んでいかなければならない。
果たしてそうなってしまった時にそんな事を考えられる余裕があるのか、経験上疑問ではあるがやらねばならない。
俺が始まりであるのなら俺が同様に終わりにしなければならない。
「すまない。フェイリス、お前が今苦しんでいるのも全部元を辿れば俺が原因だ。
 だから「ふざけないで!!
 何が俺の所為よ、何が俺の責任よ、好き勝手しておいて自己完結すればそれで済むと思って!!
 私は私よ!? 私がこれを選んだの!私がこれを望んだの!私がこうしたいって思ったから今ここに居るの!
 フェイリス・ニャンニャンであることも、私が望んだ生き方なの!!
 どうしてそんな当たり前のことも解らないの!? 世界は岡部さんを中心になんか回ってない、神様になんてなれるわけがないのよ!
 岡部さんのことをっ…………大事に思っているこの気持ちも! 私だけのものなんだから!!
 私の! いいえみんなの気持ちまで自分のもののようにして踏み躙らないで!!」
思わず目を丸くする。せっかくやり直せるチャンスだったというのに、本当に俺は何をしているんだと。
「どうしたの?」
「…………ぷ、く……だめだ、これ以上我慢できん、ふはは、あはははははは!」
あまりにも駄目すぎて、滑稽で、急におかしくなって、いつもの高笑いすら忘れて普通に爆笑してしまう。
結局こういう収束なのかそれとも俺が過ちを繰り返すダメ人間なだけなのか。
「な、なにがおかしいのよ!」
「……いやいや。やっぱり俺はお前を怒らせてしまうんだと思ってな」
零れそうになった涙を人差指で拭いつつ答える。あー、本当に苦しかった。まだ腹が痛いし呼吸もままならない。
こんなに大笑いしたのは何年振りだろうか。見事なまでにツボにはまったなこれは。なんて馬鹿馬鹿しさだ。
「そうだな。お前はお前の好きにすればいいさ、俺は俺の好きなようにさせてもらう。それで対等だろう? 文句はないはずだ」
物言いたげに唇を噛んで悔しそうに俺を睨みつける彼女にもう一言、からかうように問いかける。
「話はまだあるか? ん?」
「…………」
フェイリスは無言で近寄ると猫耳カチューシャを拾い上げ、その頭にしっかりとセットする。
「凶真は本当にずるい男ニャ」
結局はこれだけで事足りたと言うのに何て遠回りだ。
「最高の賛辞として受け取っておこう。でなければ血眼で俺を捜す“機関”の捜査網を潜り抜けることなど不可能に近い」
「でも実は泳がされているだけかも知れないニャン? 内通者の存在は否定できないニャ」
「フゥーハハハハ! ならばアインシュタインに匹敵するIQ170の灰色の脳細胞をもってその内通者とやらを特定し、
 この類稀なるカリスマで寝返らせて魅せようではないかっ!」
腕を弧を描くように振り上げ、白衣を大仰に翻し、表情を隠すように掌を躍らせてその隙間から鋭い眼光でフェイリスを射抜く。
……決まった。これ以上なく決めて見せたぞ! ビシィッと音がきこえそうなぐらいキメキメだ。
「それでこそ凶真ニャン♪」
フゥーハハハハ――――と。
内心ほくそえんでいたのも束の間、いきなり飛びつかれ、首に両腕が回ったかと思うと引き寄せられて――――気がついたら離れていた。
「…………は?え?な、ななななな!?」
ななななななな、は、な、お、おまお前今……今、え?今のは!?
「ニャフフ、別れの言葉は言わないのニャン。おやすみ、凶真」
大混乱する俺をよそに甘い声をキッス乗せて投げ、フェイリスは跳ねるように去っていった。
「…………」
車の音が遠ざかっていく。最初から誰も居なかったかのような静寂が舞い戻る。
一人部屋に取り残された俺は、ふと、キツネにつままれたのかと思って頬をつねってみた。
……やっぱり痛かった。



仮眠を取る間も惜しんで夜明けまで過ごし、ラボを出発しある場所へと向かう。
これからの暑さを忘れさせる冴えた空気の中、意中の人物は静かに正眼の構えを取っていた。
その凛とした佇まいから自身を含め本物であるかのように錯覚させる雰囲気を放つ。瞼を閉じているのは精神集中をしている為だろう。
遠巻きに眺めているとやがて両眼が見開かれ、刀が裂帛の気合と共に大上段から振り下ろされた。
返す刀で横一文字に、足を滑るように移動させながら演舞をするかのように刀と共に静寂に包まれる境内を舞う。
巫女服に日本刀といういかにもな格好であるにもかかわらず、それをそう思わせない神々しさが感じられた。
最後に刀を腰の鞘に音もなく納め、演舞は終わる。演舞を終えた汗を拭うその美少女……ではなく美少年に近付いていく。
「あ、岡部さん……」
俺の足音に気づき、ルカ子が顔を上げる。
「おはようございます」
目が合うと、すぐに駆け寄ってきた。
「おはようルカ子」
はにかんだ笑顔が可憐過ぎて思わずときめきそうになる。だが男だ。二度と忘れてはならない。
「先程の剣舞、素晴らしかったぞ」
「え?、み、みみ見てたんですか!? あぅ…………」
ルカ子は目を丸くして驚いたかと思えば、顔を真っ赤にして頬を両手で挟んでおろおろし始めた。
そこらに転がっている女子高生よりもずっと女の子らしい。作られていない自然体でここまでやってのける。
生まれる性別を神が誤ったとしか思えなくなるくらいにこいつの女らしさは完成されている。
だが男だ。
「あれほどのものをどこで習ったのだ? ルカ子の父上がその道の人だとは聞いた覚えがないが」
聞いたかどうかの記憶さえ俺には残っていない。どんな顔かも思い出せない。
そういえば自分の親の存在すら忘れていたな。二人が居なければ今の俺はいないわけだが……
本当なら他人のルカ子よりも優先すべきだろうに、最低だな。
最低だとしても俺の中での最優先事項は今、何よりも大切な仲間、即ちラボメン8人だけなのだ。
「あれは、その、テレビとかの見よう見まねで……お父さんに習ってるのは合気道だけですよ」
それであそこまで出来てしまうとは、末恐ろしい。天はルカ子に何物与えれば満足するのだ。
……ハッ!? まさか男として生まれてきたのはその反動という事なのか?…………いやいやいや何を考えているのだ。
それでは俺が暗にルカ子は女の子の方がいいと思っているようではないか。それは断じてありえない。ありえてはいけない。
だが男だ、だが男だ、だが男だ。よし、三回唱えたぞ。
「そういえばこんな朝早くからどうしたんですか? また何かお父さんに用事でも……」
「今日はお前に会いに来たんだ」
「え? ボクに、ですか?」
そんなに驚かなくてもと言うか何故頬を染める? 上目遣いも凶悪な威力があるからやめるんだ。
こう無制限に力を解放されていてはこっちの身がもたない。ひいてはルカ子自身にも不幸を招くやもしれん。
何かこう封印式などを伝授してやった方がいいような気がする。メールにあった清心斬魔流とやらに絡めてみるか?
「そうだ。お前にどうしても謝っておきたくてな」
これから挑む戦いの前に。まだ覚えていられるうちに。俺は反省と謝罪の気持ちを込めて可能な限り丁寧に頭を下げた。
「すまない」
「え、えっと……何のことですか? いきなり謝られても困ります……」
まあ……そうだろうな。しかしこれは俺のけじめだ。
「俺は、俺自身の過ちの所為でルカ子、お前のことをほぼ完全に忘れ去っている。いや、一度は完全に忘れていた」
「…………え? 何の冗談ですか? だって、今こうして話してますよね? それならボクのこと覚えてるってことですよね?」
「必死に思い出そうとして、かろうじてその顔とルカ子という名だけは思い出したんだ、あと性別もな」
8人のメンバーの中でただ一人完全に存在を忘れてしまっていた。
8人だったはずなのに7人しか思い浮かばなかった俺は、α世界線で追い詰められた時のように心底震え上がった。
紅莉栖のあの質問がなければ思い出さなかったかもしれない。フェイリスの言葉がなければ結びつかなかったかもしれない。
あの3日間、ルカ子に関する情報は無いに等しかった。きっとその所為なのだ。
俺はずっと遥か先の事に囚われていて足元を見失っていた。立っていられたのは誰のおかげかを忘れていた。
「岡部さん……」
「これまでに積み重ねてきた想い出も、些細な日常も全部思い出せない。どうやって知り合ったのかも、メールのやり取りの意味さえもだ」
この場所もメールから得た情報でケータイのGPS機能を駆使して来れたに過ぎない。
「ルカ子お前は俺のかけがえのない仲間だ、ラボメンだ。俺が守るべき存在だ。
 にもかかわらず俺は忘れてしまった。だからこうして謝りに来た」
世界線移動に際してリーディング・シュタイナーにより毎回、移動後の世界線における記憶は失う。
その代わりに前の世界線から積み重ねてきた記憶は継続出来ていた。
だがそれさえも、限界を超えたタイムリープによって失われてしまった。忘れてしまったのなら何も感じないと思うだろう。
全く逆だ。忘れてしまったからこそ、それが如何に貴いものだったのか強烈に思い知らされる。
だが喪失感の強弱にかかわらず、最初から疑う余地などなくルカ子は、漆原るかはかけがえのない俺の大切な仲間なのだ。
「本当にすまない……っ」
なのに忘れてしまった。しかしながら不幸中の幸いにして、こうして謝れる機会が出来た。
この後ルカ子が泣いて見限られたとしても俺はそれを受け入れる。
その罪を背負わずして、『シュタインズゲート』到達へ挑む事など出来ない。
万が一、また記憶を失うような事があれば後悔してもしきれないのだ。だから今出来る事を全て済ませてから俺は行かねばならない。
これ程本気で誰かに謝った事は一度もない。深々と頭を下げてルカ子の反応を待つ。
「……謝らなくてもいいんですよ、そんなこと」
五秒、十秒。もっと時間が経ったのか、幼子を諭すような思いやりのある声が耳に届いた。
あまりに想定外な響きと内容に、何と言われたのか理解ができず、聞き間違いではないのかと顔を上げる。
「だってこうしてちゃんと思い出して、ボクの所にきてくれたじゃないですか。それだけで充分です」
はっとした。ルカ子は悲しむどころか微笑んでいた。なんの悲しみも怒りもないと。俺のこの行動だけでもう充分だと。
でもそんな事は当然のように信じられなくて、否定の言葉がつい出てしまう。
「だが――――

「そんなことはどうでもいい!」

「初めて会った時、岡部さんボクにこう言ってくれたんですよ」
覚えていますか、と。縋るような俺の声をルカ子は一蹴して言葉を続けた。
「ゴールデンウィークの中日、今と同じ巫女服を着てた所為で男二人に絡まれていたボクを助けたその後に、岡部さんはそう言ったんです。
 男だろうが女だろうが関係ない、そのひがんだ根性が気に入らないって。
 その上、勇気を得られるアイテムをやるからついてこい、力が欲しくないのかって、くす」
懐かしそうに、思い出し笑いをする。天下の往来で初対面の人間に俺はそんなイタイ行動をとっていたのか……
それは笑われるどころかドン引きされる。そうならない方がおかしい。よくもまあ全力でスルーされなかったものだ。
さっきとは違う意味で反省させられる、脳内では既に枕に顔を押し付けてごろごろ身悶えしている。表情も固まっているかもしれない。
「まさか『武器屋本舗』に行ってこの『妖刀五月雨』を買ってもらえるとは思ってもみませんでしたけど。
 これもただの模造刀です。でもあの時、岡部さんが一緒に勇気をくれました。
 その後も清心斬魔流の修行だとか、ずっと、何かと気にかけてくれて……だから、今のボクがあるんです」
五月雨に手を添えて、しみじみと語るルカ子はとても大人びて見えた。
少女のような儚さや脆さはどこにもなく、くっきりとした芯の在り様までもが窺える。
「例え本当に忘れていたとしても、ボクが全部、忘れずに覚えてますから。安心してください。
 どんなことがあっても凶真さんはボクの師匠です。それはずっと変わりません」
純粋に俺の身を案じる優しい瞳。そして確かな強さを感じさせる言葉。可憐さではなく凛とした美しさ。
ルカ子という存在そのものが俺の胸を強く打つ。本気で泣きそうになってしまい、くるりと背を向けて天を仰ぐ。
泣くのは絶対にこいつの方で、俺が慰める側だと思っていたのに、まさか逆の立場にされるなんて。
「……そうか。師匠として情けないところを見せてしまったな」
ルカ子は本当に強くなった。決して涙が零れぬよう、目頭を押さえながら応える。強くなったと思う。
過去と現在を比較しないとそんな感想は出てこないだろう。
だから俺の心のどこかにきっと、今も思い出せはしないけれどこいつとの想い出は確かにあるのだ。
その事が今は悔しくもあり、嬉しくもある。
「いえいえ。師匠にはいつも助けてもらってばかりなので。こういう機会でもないと恩返しできませんから」
健気に、控えめにはにかむ。麗しき師弟愛とでも言うのだろうか。弟子の成長が誇らしいなどと上から目線ではもう言えないな。
だがしかしルカ子がまだ俺を師匠と呼ぶのならば、俺は師匠として可能な限り恥ずかしくない振る舞いをすべきだろう。
それが俺が出来る最大限の誠意。
「ではルカ子よ!」
声を張り上げて表情を引き締める。岡部倫太郎であるのはここまでだ、いつものように鳳凰院凶真へと俺は戻る。
「はっ、はい!」
緊張感が伝わったのかルカ子がピンと背筋を伸ばす。うむ、実に素直で宜しい。
それでこそ我が弟子、清心斬魔流を極めんとする者たる資格があるというものだ。
「俺はまもなく聖戦(ラグナロック)へと出発せねばならん」
ルカ子の前にぐっと拳を突き出す。
「絶対の勝機は我が手にあるしかし! より確実なものにする為にはあと一手だけ足りない。即ちルカ子! お前の力が必要だ。
 その勇気を俺に分けてくれ、できるな?」
お前を信じていると真摯に見詰める。始めは何を言われたのかと拳と俺の顔の間を行き来させていたルカ子の視線もやがて俺の顔に定まる。
全部は理解できなくとも、俺の言っている事がいつもの厨二病ではないのだと伝わったのだろう。
きりりと引き締まった表情は勇ましくも美しい。それはこの趣都を守る防人、戦乙女ならぬ神子の顔。
「…………はいっ!」
はっきりとした返事とともに俺の拳に小さな両手を乗せ、掴み、そしてぎゅっと瞼を閉じる。
アニメや漫画ならここで効果音とエフェクトがたっぷりと入る所だろう。しかしながらリアルではそんな事は起こらない。
早朝の静寂の中、白衣を着た男と巫女服姿の少年が向かい合い手を重ねているだけ。
傍から見ればおかしなものにしか見えないこの光景も、本人達からすれば途方もなく本気なのだ。
「……っはぁ、はぁ…………はぁ……これで、どうですか……?」
どのくらいの時間が経ったのか、汗ばんで痺れるくらいぎゅっと握られていた手が離れる。
ずっと息を止めて懸命に念じていたのであろう事は本人に確認するまでもない。
「うむ。お前の強き想い、確かに受け取った。ではまた会おう」
額に汗しながら肩で息をするルカ子に俺は満足げに頷く。ルカ子も俺の反応を見て嬉しそうに微笑む。
…………本当に。これが運命石の扉(シュタインズゲート)の選択というのなら、いや、今はただ別れの合言葉を紡ごう。
「エル」
「! エル」
慌ててルカ子も言葉を紡ぐ。
「「プサイ」」
そして重なる。
「コングルゥ」「コンガリィ」
しかしずれてしまう。顔を見合わせて今度は苦笑する。失ったからこそ身に沁みて解る。
二度とは訪れないこの瞬間が愛おしい。
故に俺は未来永劫、何人にもルカ子を『鬼巫子』なんて呼ばせたりはしない。絶対に。
「コングルゥだ馬鹿者め」
「すみません。では改めて。エル・プサイ・コングルゥ」




約束の刻まで英気を養うべく、ラボに戻り仮眠を取っていたら何やらいい匂いがした。
なんだかすごく柔らかいものの上に頭を乗せている気がする。
味気ないソファの上だったはずなんだが……心地良さにまた意識が遠のく。何故かすごく安心する。
そのままもう一度、夢の世界へ旅立とうとした俺の頭をさらりと、何かが撫でている。
眠りの邪魔を妨げるものではなく、感じられるのは優しさと慈しみ。更に深い眠りを誘うようなあたたかさ。
それが何によるものなのか気になってしまい、逆に覚醒を促した。うっすらと瞼を開ける。
「あ。オカリン起きた?」
この声は……随分と近い所から聞こえたような。天井が見える。しかし左半分が何かに覆われている。
さらりとまた優しい感触が頭に触れた。これは……もしかしてまゆりの手か? とするとこの眼前に迫る物体は…………
「幼馴染に膝枕とか羨ましすぎるだろ常考。まあそんなこと言いつつも手伝ったんですけどね」
声につられて右を向く。談話室のPC前のいつものポジションにダルがいる。その右隣にはカロリーゼロのコカコーラ。
反対には何かが山のように盛られている。
「うん。ありがとー、ダルくん」
「べっ別にからあげがたくさん食べたい気分だけだったんだからねっ」
「…………」
あの山はからあげか。寝起きのまどろみがまだ残っている所為か、ツッコミを入れる気分にもならない。
別に入れて荒立てるような必要もないと、そう思った。もう一度瞼を閉じる。久し振りにゆっくりとした時間の流れを感じている。
このままたゆたうように時間まで寝ようと思ったが…………やめにして体を起こす。
「おはよう。オカリン」
「あぁ……おはよう」
このほわほわとした空気はこいつがいるからこそなせるものなのだろう。
「からあげ食べる?」
寝起きの人間にそんなものを勧めるとはと思いつつ、目の前に突き出されたそれを頬張るべく口を開ける。
「あーん」
……肉の旨みと食感、香ばしい匂いでぼんやりとしていた意識が覚醒してくる。飲み込む頃には口の中が唾液で一杯だった。
「……うまい」
「えっへへー。じゃあもういっこだけあげるねー」
「…………」
何も考えずに笑顔のまゆりが差し出すから揚げを口でキャッチする。寝起き故に味覚もリセットされているのか激しく旨い。
目覚めと共に胃も激しく収縮を始めた。体が栄養を欲している。
「カーッ! 膝枕の次はお口にあーんとかなんなの? 死ぬの? 見せ付けてるの?
 デブオタメガネは部屋の隅で縮こまっとけってことですねわかります。この時間じゃメイクィーンも開いてないおチクショー」
激しく拗ねてしまったダルにどうしたものかと思案して、隣のまゆりと目が合い笑ってしまう。
別に彼女にだって悪気があったわけじゃない。俺も寝起きでぼんやりしてただけだ。
だいたい機嫌を損ねるのが解っているのなら膝枕の手伝いなどしなければよかったのに。まったくもって不器用な男だ。
違うな。逆だ、器用すぎてから回りしてしまっただけの事。とりあえずは飯にしよう。
棚からハコダテ一番を取り出し、ポットの湯を注ぐ。箸を乗せて規定の時間が過ぎるのを待つ。
窓辺へ移動し、少し身を乗り出して外の様子を観察する。あえて言葉にするまでもなく今日もすでに暑い。
振り返り室内を見渡す。ダルはがつがつとやけ食いするかのようにから揚げを頬張っている。
まゆりはそれと対照的にのんびりと、何度も咀嚼してからあげの味を満喫している。同じから揚げを食べているのにこの差は酷い。
カーテンで仕切られている奥の開発室には、電話レンジ(仮)を含めたこれまでに開発した未来ガジェットが保管されている。
その一つ一つはやっぱりくだらなくて、それでも当時の俺達はまじめに、熱中して創り上げていたのだ。
後になって思えばなんでこんなものをなんて事も、記憶を失う前からあったはずだ。
俺が忘れていたとしても積み重ねられてきた想い出は全部此処にある……そろそろ出来上がるな。
追想に浸りすぎて今を忘れるなんてミスは犯さない。
箸を手に取りふたを剥がすと慣れ親しんだ匂いが鼻腔をくすぐった。途端に口内にあふれ出した唾液をそのままに麺をすする。
腹が減っていると何でも美味く感じるな。
「ねぇねぇオカリン」
「……なんだ? 食事の後にしてくれないか」
鉄は熱いうちに打てと言わんばかりに麺をすすり具材を口へと運ぶ。
「もうお湯注いだ後だったから言いそびれちゃったんだけどね、それクリスちゃんのだよ」
「なん……だと……?
テーブルの上にあるフィルムへ目を向ける。確かに何やら書いてあるので広げてみた。

『食うべからず! 紅莉栖』

太字の赤ペンではっきりと。そういえばまだ紅莉栖は来てないのか。出来ればあいつの顔も見ておきたかったんだが。
まあしかし、世界線が変わってしまえば怒られる事もあるまい。今会うのは得策ではない。さっさと証拠隠滅してしまうに限る。
そう思い再びカップ麺へ手を伸ばした瞬間、光と音が瞬いた。
「フヒヒ、証拠写真ゲットだお」
「ダル……貴様、指圧師のようなマネを……?」

――――風景、撮ってた

萌郁の声が聞こえると同時にずきりと脳に痛みが走った。だがそれがいつのものなのかはわからない。
ノイズ交じりに浮かんだあれは駅前だろうか……だがこれで理解した。
失われてはいない、思い出せないだけでやはり俺の中に全ては揃っているのだ。
「あー、ダルくん悪い顔してるー」
「3人しかいないのに2人で固有結界張って見せ付けるのが悪いんだお。一人仲間外れにされた僕の身になってみろ!
 だからこれは嫉妬神がくれた復讐の機会なんだお」
「嫉妬神とかどこの設定だ。悪いことは言わん、この俺の右手が暴れださないうちに今撮った写真を削除するんだ」
「だが断る」
「く……何が望みだ? フェイリスの手料理か?それともコミマで買いそびれた神DVDか!?」
「両方揃えても今回だけは見逃せないお」
「ダル、よもや頼れる右腕(マイフェイバリットライトアーム)たる貴様が裏切ろうとは……っ」
「裏切るも何も悪いことしたのはオカリンだお、僕は善意で牧瀬氏にそれを伝えようとしてるだけだし」
「正論ばかりがまかり通る世の中だと思っているのか!?」
「こんな世の中だからこそ一本筋を通して見せるお!…………ん? スジ?……通す…………」
それっきりにやけた顔になる、どうやらいつもの妄想トリップが始まったらしい。もう俺に対する怒りなど蚊帳の外だ。
一時的に危機は去ったとみなしていいだろう。残りのラーメンを一気にすすり、スープを飲み干す。
冷蔵庫からドクペを出して開栓する。弾ける炭酸と共に独特の味と刺激が喉を通り過ぎていく。
これを飲むと頭が冴えてくる気がするな。この肉体に実にしっくり馴染んでくる。
馴染む、実に良く馴染むぞおおおと吼えたくなるくらいだ。肉体にはまだ疲労感は残っているが気力は充実している。
「…………よし」
腹ごなしも充分だ。ドクペを一本空ける頃にはそこそこの時間になっていた。
「お。オカリンどっか行くん?」
「ちょっとな」
ちょっとそこまで世界を変えに行くだけさ。
「オカリンオカリン。まゆしぃもついていっていい?」
珍しいな。
「今日はバイトじゃないのか?」
「さっきお休みをもらったから大丈夫だよー。で、どこ行くの?」
さっきというのが引っかかる。それは即ち元々バイトに出るつもりだったのに、急に休みを取ったという事になるからだ。
何らかの理由によって。
「“機関”との戦いに終止符を打ちに。この世界の支配構造を破壊し俺が望む混沌を導くのだ」
「厨二病乙」
「フハハハハハ、そういうことだ。“機関”に関わることである以上、まゆりはお留守番だ」
ついてこられても困るだけ、余計な心配をさせる必要もない。
「そんなのわかんないよー」
本当に珍しい。いつもならもうしょうがないねーと引き下がっているだろうに。どうしてこう食い下がるのか。
「人質の癖に俺をあまり困らせてくれるな。ちゃんと帰って来るからいい子にしてろ。何の心配も無用だ」
ぽんぽんと頭を撫でる。でもまゆりの不安げな表情は変わらず、
「オカリンちゃんと帰って来るよね? 大丈夫だよね?」
そんな事まで言い出す始末。口を滑らせて下手な事を言ってしまえば泣き出しそうなくらい切羽詰った表情で訴えてくる。
もしかすると俺に膝枕してたのはそういう思いからの反動なのかもしれない。
「大切な人質を置いて居なくなるわけが無いだろう? 当たり前のことを聞くな。ちゃんと戻ってくる」
子供をあやすかのように出来る限り優しく、ゆっくりと彼女に応えてやる。きっと何か感づいているのは間違いない。
言い知れぬ不安があればこそ、それを具体化させたりはしない。そんなのは勘違いだと教えてやる事が俺の役目だろう。
死亡フラグなど糞くらえだ。そもそも俺は“この戦いが終わったら”なんて口にしない。
たらればで未来を語るものでもないし、同様に過去を語っても仕方がない。前に進む意志があるのならそれは断言すべきだ。

俺は、やる。

やってやるのだ。こいつらを信じさせてその信頼に応える、それがラボメンナンバー001たる責任なのだ。
「いつもの厨二病にもかかわらずなんという強度の固有結界。リア充ってレベルじゃねーぞ!」
「フッ、相変わらず空気が読めてないなダルよ」
「今日のお前が言うなスレはここですか? つーかそんな過剰演出なシリアスはアニメの中だけで充分だお。
 どーせその辺一回りしてくるだけなんだし心配するだけ無駄だお」
「えー、本当にそうなのかなー?」
「そうなのだ」
安心させる為にもう一度くしゃりとまゆりの頭を撫でてから、大仰に白衣を翻す。
「では出かけるとしよう。ダル、留守中頼んだぞ」
「ほいほい。気ぃつけてなー」
「行ってらっしゃーい」
二人の声を背に、俺はラボを出発した。



ラジ館に着くまでの間に最後の一人に声をかける。番号を呼び出しケータイを耳に当てる。
「…………はい」
相変わらずの小さい声に苦笑する。これでこそ桐生萌郁、自信がなさそうで不安を感じさせる声だから逆に安心する。
なんて言うと彼女はきっと怒るだろうな。
「俺だ、今大丈夫か?」
「岡部くん?」
語尾が上がり疑問形の呼びかけが返ってくる。番号登録すらされて無いなんて事はないはずなんだが……
電話だと声が多少違って聞こえたりするから確認したかったのだろう。そういう事にしておこう。
「そうだ。 今電話しても大丈夫か? 辛くないか?」
俺はどうして辛いかなんて聞いたんだろう。彼女からのメールの量はすごかった。
しかしそれと電話に何の因果関係があるのかはわからない。
「まだ少し……でも、大丈夫」
「そうか」
きっと過去の俺は彼女とのやり取りをメールに頼っていて、電話なんて一度もしなかったんだろう。そう考えると納得が出来た。
おそらくこの推測は間違っていない。一拍ほど間を置いて本題に入る。
「お前に伝えておかなければならんことがあってな、本当は面と向かって言いたいところなんだが……」
それほどの時間が残されていない。だからこんな方法を取ったわけなんだが。
正直な所、彼女を正面にしてはっきり言える自分が想像出来なかった。良くも悪くも彼女は時間がかかる。
だからこの程度の距離の方が丁度いい。
「……時間、空けた方がいい?」
「いや。仕事中だろう、無理に取ってもらわなくていい。これは俺のエゴだからな」
ルカ子の時と同じように俺がそうしたいだけの話にすぎない。
「エゴ……?」
「そうだ」
そうしなければ前に進めないから。深呼吸して息を整えてから気持ちを言葉にする。はっきりと。

「ありがとう」

その五音に万感の想いを込める。
「萌郁。お前のおかげで俺はここまで辿り着くことが出来た。本当に感謝している」
まゆりを傷つけたのは完全には許せないのかもしれない。それでもあの時、あれ以外の方法などなかった。
それは痛いほど理解している。恨まれも憎まれもする事を解っていて、自らも痛みを伴うと知っていても彼女は行動した。
自らを失そうになって、迷いながらも俺達を選んでくれた。
「……なんの、こと?」
やや棘のある声、眉間にしわを寄せている萌郁の顔が浮かんでつい笑ってしまう。
「解らなくていい。俺がそう伝えたかっただけなのだ」
何の覚えもないのに本気で感謝されては気持ち悪がられて当然か。理由がなければ裏があると思われてしまう。
「倫くん」
「なんだ」
「どこかに遠くに、行くの?」
どきっとした。どいつもこいつも要らない時にばかり無駄に勘が働くから困る。
「……少しばかり日帰り旅行にな。夕方までには戻るさ」
「そう――――ブツッ
「お、おい! 萌郁!? 萌郁どうした!?」
いきなり切れた。ていうか切られた?何か俺まずい事言ったか?今のは明らかに切れるタイミングじゃなかっただろ?
意味が解らんが切れてしまったものはどうしようもない。もう一度かけ直すか?
しかしこれはただの自己満足、彼女にとってかけ直すほどの事でもないのは明白。
それに伝えたい気持ちはしっかりと言葉にした、後味は悪いがこれでよしとしておこう。そう思いケータイをしまおうとして――――
「嘘吐き」
「ッ!?」
真後ろから聞こえた声に振り返り――――思わず飛び退いた。直前まで電話していた相手がそこに立っていた。
これ程間近に立たれては心臓も飛び出すではないか。あまりに驚いた所為で声さえ出なかった。
まさかずっと俺を後ろから見ていたのではあるまいな?……ありえる。ありえそうだがそれを確認する気にはなれない。
まだ心臓がバクバク脈打っている。と、ポケットからジングルが鳴り響いた。萌郁の右手にはケータイ、口元にはかすかに笑みを浮かべている。
視線で促されるまま、ケータイを取り出して確認する。

date:2010 8/19 11:37
from:閃光の指圧師
sub :
---------------------- 
頑張ってね

たった一言だけ。それ以上でもないしそれ以下でもない。萌郁もそれ以上何も言わない。その場にたたずんだまま俺を見ている。
驚きはほんの一瞬で過ぎ去った。思い込みでも勘違いでもなく、お互いにもう解っているのだ。
細々とした言葉など交わさなくてもいい。聞く必要もなければ話す必要もない。俺達にはこれだけで充分だった。
「……ああ、解ってるさ」
お前にもこれ以上悲しい記憶なんて作らない。作らせてなるものか。俺はあの時の覚悟を忘れていないから。
二度と仲間に手をかけさせたりはしない。あんな悲鳴をあげさせたりはしない。彼女の今の立ち位置を動かす事は出来ないけれど。
俺は彼女以上の覚悟を持って臨む。つもりなんて言い方はしない、はっきりと断言する。
「お前は?」
ケータイをしまいつつ、話を戻した。
「取材に行くとこ」
「頑張れよ」
「……うん。倫くん、また後でね」
先に萌郁が一歩を踏み出し、横を通り過ぎていく。
「ああ、またな」
その背に俺は再会の約束を告げた。



――――鍵の壊れたドアを開ける。途端に差し込む太陽の眩しさに思わず手をかざす。
まもなく正午を迎える時刻、ラジ館屋上の中央、俺の目の前にはタイムマシンが置かれている。
それを見ていると様々な想いが去来する。全てを鮮明に思い出せはしない、だが全ては俺の中に在る。
出発前にもう一度、紅莉栖とも喧嘩でもいいから何か話しておきたかったのだが、ケータイにも出ないのだから諦めるしかない。
鈴羽の姿が見当たらないが、中で準備でもしているのだろうか。時間はまだ少し早い、為すべき事をもう一度確認しておこう。
そう思い瞼を閉じた時、
「はろー。今日も暑いわね」
やけに軽めの聞き覚えのある声が聞こえた。ばっと顔を声のした方へ向ける。
「くっ……紅莉栖ぅ!? 何でお前がここに居る!?」
阿万音鈴羽ではなく、何故か牧瀬紅莉栖が金網にもたれかかり、空を見上げて紙パックのジュースを飲んでいる。
何でそんな死角に……そこが影だからか? ひょっとして。
「居ちゃ悪いの?」
「悪いも何も…………」
いつにも増してきつい視線に加え、どことなくだるそうに見える。こんな所入っちゃいけないだろうと言っても無意味だろうな。
何と答えたものかと迷っているとハッチが開いて鈴羽が現れた。鈴羽が出てくるのを紅莉栖が一瞥した。驚きもしない。
この世界線では紅莉栖もこれを知っているのか? そんな馬鹿な事はありえない。
「あ、岡部倫太郎来てたんだ」
「おい鈴羽! なんで紅莉栖がここに居るんだ?」
また会えたという懐かしさや喜びよりも先に不満が口をついて出てしまう。
夜中に電話越しに声だけは聞いていたものの、視覚を伴うとまた少し違って聞こえる。
「必要だったからだよ」
苛立たしげに問う俺に対し鈴羽は紅莉栖と目を合わせ、
「「ねー」」
声を合わせてにこやかに笑い合う。
「………………」
もう何と言っていいのか。俺一人だけが除け者扱いされている。紅莉栖の笑顔なんてそういえばどのくらいぶりに見たんだろう。
まゆりに笑顔を向けている事はあったような気もする。でも俺に笑いかけてくれた事は過去一度も無いような気がした。
そんなどうでもいい思考を始めてしまった俺に、彼女の視線が向けられた。
「ちょっとだけ献血をね、過去の私の為に。勘違いされると困るけど、別に私は世界を変えるなんて気はないから。
 ちょっとだけ確実に自分が今のように生きていられるよう保険をかけるだけよ」
献血……そう聞いて一瞬だけ、二度と見たくないような真っ赤な場面がフラッシュバックした。
視線を向けられた鈴羽は何の事かわかっていないようだ。俺もどうして彼女の方を無意識に見てしまったのかわからない。
紅莉栖は血の海に倒れていた。であればそれを再現する必要があるわけだ。あれほどの血を流したら流石に死んでしまう。
ん? だとすればなんでこの紅莉栖は助かったんだろう? 別の救助方法があったんだろうか……あったような気がする。
でもあまりそこに触れたくないような嫌悪感というか、強い拒絶反応がある。あんな思いは二度と、否、三度もしてなるものか。
「ならこれも着けて」
宙にゆるやかな弧を描き、鈴羽から紅莉栖へと何かが飛んでいく。紅莉栖の手の中に収まったそれは腕時計のように見えた。
デジタルの文字盤が2列、かつてミスターブラウンの家で見たあれと良く似ている。
「世界線変動計(ダイバージェンスウォッチ)。装着者を因果律の輪から限定的に除外させる装置。
 万が一失敗したとしてもこれがあれば君はここに居られるはず。変動率0.0001%ぐらいのブレなら因果を捻じ曲げて存在できる」
因果を捻じ曲げる……だと……? なんだそれ? 意味が解らんぞ。
「失敗を前提にしてる訳?」
「違うよ。本当ならあたしが着けておきたいんだけどさ……あたしの役目はそういうことだから」
ぼやく紅莉栖に応えながら鈴羽は俺の方をチラ見する。その物言いたげな瞳に何故かどきっとしてしまった。
本当なら着けておきたいってどういう意味だ……? それに役目って。

――――できない、これだけはやっちゃだめなんだって、何度も呟きながら、泣いてることもあった

「ッ――――」
突如頭の中を走った激痛に顔をしかめる。何か、答えになりそうなものが頭の中をよぎった気がする。
だが何が通り過ぎたのかわからない。今胸に残っているのは驚きと深い悲しみ、そしてそれに相反する喜び。
「世界線が変わった後にそれを外せば再構成された因果に取り込まれる。場合によっては記憶も失うだろうね。
 牧瀬紅莉栖って言う存在自体も消えるかもしれない」
「え、それってうまくいったとしても外したらそれまでの、この私の記憶は消えるってことじゃない」
「そうだよ、そんなに都合よくはない」
そりゃそうだろうな。無理矢理捻じ曲げているのだからそれを戻せば当然その歪みは“なかったこと”になる。
「あくまで保険。もし失敗したら、その時点で紅莉栖の居ない世界線に再構成される。
 それは誰も望んでないし、同時に運悪く本命のミッションも失敗していた場合、かなり面倒なことになる。
 それを回避する為でもあるんだよね」
「なるほどね。私にとっての保険というより、あんた達にとっての保険って意味合いが強いのね」
目の前にいる鈴羽は紅莉栖が生きていた世界線の未来から、『中鉢論文』を消去する為だけにやってきた。
あの日は紅莉栖の生死の分岐点でもある。もし万が一俺が論文消去に失敗し、かつ紅莉栖救出にも失敗した場合、
目の前の鈴羽は存在できなくなり、この日に戻った時点で消滅してしまうのだろう。
だが紅莉栖をこの腕時計のようなもので無理矢理生かせるのなら、消滅を免れて記憶を継続したまま再度挑戦が出来る。
これはゼロからやり直すよりも大きい。
「そういうことになっちゃうね」
「別にいいわよ。私もあんな未来になることは望んでないし」
ばつが悪そうに頭をかく鈴羽に紅莉栖がそう応えた。という事は紅莉栖にもある程度未来の事を話したのか。
それでさっきは驚かなかったんだな。鈴羽も夜の時点で俺に話してくれてもよかったろうに。
「……ごめん」
「いいから続き聞かせて」
「お前は本当に生粋の科学者だな」
「岡部は黙ってて」
この紅莉栖にとっては世界の行く末よりも目の前の怪しい機械の方が気になると見える。俺も世界の事なんてどうでもいい。
ラボメンが幸せに暮らせる未来を掴めるのなら手を伸ばす。それだけだ。それだけの為に今までやってきたんだ。
「どうやってこれそんな無茶なこと成立させてるの? 世界が再構成されるってことはこれも当然そうなるでしょ」
紅莉栖の言う通りだ。今スイッチを入れたとしても何の意味も無いような気がするんだがどういう仕組みなんだ?
タイムマシンで物理的に時間跳躍させるのではなく、この腕時計はここに置いていく。
普通に考えれば世界の再構成を免れるなんて不可能に思える。
「あたしもこのタイムマシン、FG207とも連動してるらしいってことまでしか知らない。細かい仕様は不明なんだよね」
なるほど。タイムマシンと連動しているなら不可能が可能になるかもしれない。
しかし仕様が不明とは適当すぎるな、信頼性に欠けている。使っても大丈夫なのだろうか。そもそもテスト、動作試験をしたのかも怪しい。
ぶっつけ本番でのトラブルは極力避けたいものだ。
「繰り返しになるけど、仮にあたし達が牧瀬紅莉栖の救出を失敗しても、今ここでそれを起動させていれば、
 少なくともこの時点で生きている世界線には到達できる、ってことかな。そういう意味ではアンカーって表現の方が的確かも。
 だから例えば7月28日から今日、8月19日まで牧瀬紅莉栖が死んでいて、今日今この瞬間からは生きているって世界線に強引に再構成される」
「それは流石に矛盾ありまくりでしょ」
「えー、でもオカリンおじさんがそう言ったんだよ? “ダイバージェンスメーターを越えるこれこそ究極の発明だー!!”って。
 父さんも未来の君がリーディング・シュタイナーを応用して因果を崩せる法則を見つけてこれを作ったらしいとか言ってたしー?」
「二人揃って俺の方を見るな。今の俺には何のことかさっぱりだ」
「そうよね」「そうだね」
顔を見合わせて、また俺の方を見て。二人揃って今度は俺を小馬鹿にするのか。トンデモ発明なんかしやがって、恨むぞ未来の俺。
それにこの二人はもっと仲が悪かった気がするんだが俺の勘違いか?
別に仲が良いのは構わんがタッグを組まれるとフェイリスよりも勝ち目が無い気がするぞ。
「……でも阿万音さん、仮にそんなことが出来たとしても死んだ人間が生き返るのと同じなのよ?」
「でも世界が承認する以上、その矛盾は無意識に葬られるんだってさ、誰も追及できないよ。
 タイムトラベルしたり、リーディング・シュタイナーもってたり、その本人でもない限りはね」
「もし失敗した後に外したら?」
「さっき言ったよ、外した瞬間に捻じ曲げられていた因果が正しい位置に戻る。つまりここに居る牧瀬紅莉栖は消滅するって」
「消滅したらしたでまた世界線が変わって、あなたが未来から来て過去改変に挑戦するんでしょ。だったら要らないわ。
 悪いけど私には着けられない」
受け取ったダイバージェンスウォッチを紅莉栖は鈴羽へ投げて返す。
「どうしてだ? 今のお前が消えるんだぞ?」
失敗すれば彼女を消してしまう側の発言としてはおかしいのかもしれない。だがチャンスをみすみす逃すなんて。
世界が再構成されてもその当人に意識されるものでもないし痛みもない。それでも自分が消える恐怖を感じない訳がない。
事情を知ってしまっているフェイリスや鈴羽は別扱いになるものの、そこに紅莉栖も加わると言う事か。
これではまるで俺の方がその覚悟を出来ていないように見えるではないか。
「どっちにしても消えるんなら変わらないでしょ。確かにこの私を維持したいって気持ちはある。そのチャンスもこうして手元にある。
 でも世界が変わるってことはその世界に居た私の過去も変わるってことでしょ。
 この私が維持されるのならその私の過去はなかったことになる」
それはまさにリーディング・シュタイナーの発動と同意義だ。
「私は私の過去を否定したくない。もちろんこの私の過去も含めてだけど。世界が再構成されて一から出直すのなら仕方がないって思える。
 あーあ、12番目にせっかく届いたのになぁ」
金網を背もたれに空を見上げて、ちっとも惜しくなさそうに呟く。
「だったら――――
「駄目よ」
きっぱりと未練がましい俺を斬り捨てる。
「やっと岡部の気持ちが少し解ったの。あなたずっと独りだったのね」
待て、そのセリフは出てくるはずがない、だって紅莉栖は――――
「私は多分それに耐えられない。そこまで私は強くない。さ、世界を変えるのが岡部の役目なんでしょ、行ってきなさい。
 そして私をもう一度助けて」
これは願いではない。言葉こそそういう表現だが紅莉栖の瞳に不安も恐怖も迷いもない。
俺を真っ直ぐに信じそして、すでにそうなる事を確信している。なんて非科学的で彼女らしくない。
だがそれ故に俺の全身が熱い想いと昂りに満たされていく。
「そ・れ・と! これは岡部への貸しなんだからね、必ず返しなさいよっ。絶対なんだから!」
自分のセリフがドラマ染みていて恥ずかしくなったのか、彼女が急に顔を赤くして一気にまくしたてる。
「顔をキリッと引き締めて何を言うかと思えば……返すも何もお前は覚えていられないだろう?」
そう俺が返すと紅莉栖は意味深ににやりと笑った。あんた何も解ってないとまた馬鹿にされたような気分だ。
「私が覚えている必要はない、岡部が覚えているだけで充分。
 失敗すれば借りを返すどころか負債が増えるわけだから必死になんとかするでしょ、でなきゃここまで頑張ってない。
 成功したらしたであんたの性格上、借りたままなのは癪だろうから機を見計らって必ず返してくれる。
 どっちに転んでも岡部は私に借りを返す。はい証明終了」
どや顔でもしそうなくらい自慢げに腕組みをして自論を振りかざす。あながち間違ってはいない。
そう言われてしまっては自覚せざるを得ないだろう。似てないようでよく似ている。
アプローチの仕方が違うだけでしたたかなのだ。こいつもあいつも。

「牧瀬紅莉栖えげつない」
「あなたも大概よ」
「あはは、わかる?」

しかしまあこれも頼られている証拠なのだろう、俺も男ならばきっちり応えなければなるまい。
無論紅莉栖だけというわけではない、ダル、ルカ子、萌郁、フェイリス。まゆり。そして鈴羽と鈴羽に願いを託した人達も。
全部まとめて俺が面倒見てやろうではないかと高笑いしたくなるほどに気分は高揚している。負ける気がしない。
今度こそ、勝ちにいく。今こそ俺の求める混沌たる世界を具現化する刻なのだ。
「……ん?何か言ったか?」
「「別に」」
また声を合わせての返事か。本当にこの世界の紅莉栖と鈴羽は仲が良いな。
――――ただ。
この光景を見るのもこれで最後になるかと思うと、かすかな寂寥感を覚えてしまう。
鈴羽を眺める。これから世界を変える大仕事が待っているというのに緊張感もなく紅莉栖と談笑している。
彼女に逢うのはこれで何度目になるんだろうか。ふとそんな事を考えた。このミッションが無事成功すれば次に逢えるのは7年後。
……またしばらくは逢えなくなるな。だがそれは悪い事ではない。それが当たり前なのだ。
こうして時間を超えて出逢えている事こそ奇跡。偶然が生み出した数々の必然を、俺は一生忘れないだろう。
今は思い出せないとしても、いつかまた思い出して仲間に語れる日がきっとやってくる。
「――――時間だね」
正午を示すサイレンが秋葉の街に響き渡る。ケータイを取り出して時間を見る、いい頃合だ。名残を惜しんでも切りがない。
紅莉栖へ目を向けるとウィンクに加えてサムズアップまでしてきた。同じようにサムズアップして応える。
空は高く遠く、どこまでも蒼く広がっている。数多の星々もまたその向こうで事の成り行きを見守っているのだろう。
何も心配はない。案ずるな世界よ、別にとって食おうと言う訳ではない。この俺好みに少しだけ変わってくれさえすればいいのだ。
……ただし、変わる気がないのなら少しばかり手荒なまねをしなければならんかもしれんがな。
その時はこの鳳凰院凶真を敵に回した事を奈落の底で悔やむがいい。
高笑いは胸の内に秘め、駆け寄ってきた鈴羽に向き合う。ほんの数秒だけ、名残を惜しむように視線を交わし合う。
彼女に会ってから本当にいろいろな事があった。
これまでの人生の中でこの3週間ほど濃厚な密度を持った時間はなかっただろう。それも一度はこれで終わりを迎える。
今度こそ、グランドフィナーレだ。
「さあ、行こう」
目の前に差し出された彼女の手を取り、俺はまだ見ぬ未来へ向けて最後の戦いへと出発する。



運命石の扉(シュタインズゲート)を開く為に。












----------------- ----------------- ------------------原書冒涜のリプレイ―― END ―― 


  • 最終更新:2019-03-04 17:28:37

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